〜 IMセントジョージ・大会レポート② 〜 トライアスリートの肖像

IMセントジョージ

男子2位でフィニッシュしたライオネル・サンダース(カナダ/写真上)の表情は、心なしか泣いているようにも見えた。

驚異の追い上げで、アイアンマン世界選手権の自己タイとなる順位を手繰り寄せた喜びからか? それとも、「もっとできたのに」という悔しさからなのかーー。

“ノーリミット”
彼を語るとき、多くの人がそう評する。スイムのスピードは上位選手に敵わないものの、バイク、さらにはランとレースが進むにつれ追い上げ、前を行く選手たちの驚異になっていく。その泥臭いとも表現できる34歳のレーススタイルは、タフなセントジョージのコースにフィットしているという向きもあっただろう。

しかし、
「これは私が今まで出場した中で、最もクレイジーなレースだ」(サンダース)
バイク、そしてランコースの起伏。寒暖差がある乾いた気候。水温(ウエットースーツ着用)など、多くの出場プロ選手が、攻略の難しさを指摘していたユタの舞台に降り立ったとき、例外なく彼もそう感じたという。自身の“リミット”を最も開放できるアスリートゆえ、抱いた恐怖ともいえるだろうか。

そこでサンダースは、「今回は、個人のタイムトライアルのつもりでレースに挑む」というプランをたて、それに徹することにしたという。

クリスチャン・ブルメンフェルト、グスタフ・イデンのノルウェー勢、そして前評判から驚異のバイクラップで(サンダースを)引き離していくであろうキャメロン・ワーフ(オーストラリア)など、期待のニューカマーたちが今回のアイアンマン世界選手権に参入。どうしても話題がそちらに行きがちなのは、本人も折り込み済みだったろう。
さらには彼らの登場が、サンダースの指摘する「クレイジーなレース」の一因になることも。

そしてレース当日、スイムはトップグループから4分30秒遅れてアップ。自身の前後にはセバスチャン・キーンレ(ドイツ)、サム・ロング(アメリカ)、ワーフなど有力選手を見据えられる位置でバイクをスタートさせた。
スイム終了時にはタイム差を知らされていたようで、「これで完全に良い一日を過ごすことはできないと悟った」と、プラン遂行のため集中力を一段と研ぎましていく。

ファイターである彼は、普段のレースではライバルとの競争願望を隠すことなく、闘志むき出しでフィニッシュまで突き進む。そんなスタイルを今回は封印。

「このレースでの私の唯一の目的は、スイム、バイク、ランでそのときの最高のパフォーマンスを発揮することのみだった。他人は気にせず、自分のレースに集中する。だから、ときにはライバルをやり過ごす必要もあったが、気にしないよう心がけていた」

ゆえにスイム以降のレース中、彼はライバルたちの位置関係をインプットしていなかったのだろう。
そんな自分との戦いの中、最後は「ランの残り2マイルで脚に違和感をおぼえるようになった」と、明らかに左右のバランスが崩れた走りに変わり果ててしまうほど、リミットは開放されていた。

フィニッシュ地点のモニターに映し出されるデッドヒートに会場も沸いた

ランの最後800mで2位を行くブレイデン・カリーを追い越したときも、目線はフィニッシュに向けたまま。ライバルに一瞥もくれず、ゴール後も派手なジェスチャーはなかった。
「2位で大満足だ。クリスチャンの走りはもちろん凄かったし、ブレイデンも素晴らしかった。そんな中、結果的に僕が2番にいただけだよ」。フィニッシュ後の記者会見で、噛みしめるように答えていたサンダース。

「個人のタイムトライアル」とは、つまりは「自分との戦い」のことで、これはエイジグループのレースと共通する点もあるだろう。
そんなトライアスロンの原点ともいえる走りを、この特別な舞台、アイアンマン・ワールドチャンピオンシップで成し遂げることができたーー。

フィニッシュ地点で彼が見せたものはやはり、その満足感からくる涙だったのではないだろうか。

【アイアンマン世界選手権のラスト・ダンスへのステップはいかに】

男子トップのブルンメンフェルトから25分遅れ。14位でフィニッシュに戻ってきたセバスチャン・キーンレの表情は、驚くほど穏やかなもだった。

昨年末、2023シーズンで引退することを発表したキーンレ。さらにアイアンマン・ワールドチャンピオンシップは2022年のコナを最後とし、今回のセントジョージとあわせてあと2回を残すのみとなっていた。

「ここ(アイアンマン世界選手権の舞台)にいること自体、心地よい気持ちです。今はハワイと同じフィーリングだね」
レース前のインタビューでは明るい表情でそう話す。
今大会で唯一、男子のアイアンマン世界チャンピオン(2014年)として出場することにも触れられたが、「そのことは気にしていない」と終始リラックスした雰囲気だった。
しかし、厳しいレースになることは本人自身が分かっていただろう。

『満身創痍』と引退を発表したときに触れていたように、コロナ禍を加味しても、ここ3年ほどはシーズンを通して満足な結果を残せていない。今年も初戦に予定していたアイアンマン70.3ランサローテをキャンセル。ぶっつけ本番で挑むかたちとなっていた。

レース展開は? との事前質問には、「難しいレースになることは分かっている。スイムはブルンメンフェルトのいるパックとはもちろん違う(遅れる)だろうしね(笑)」と、勢いのある新鋭たちを意識せざるを得ない立場であるのも事実。ただ、
「アタックをかけるチャンスは数回あるはず。それを逃さないようにね」と、元世界チャンピオンとして、真正面からライバルたちに立ち向かう覚悟も見せていた。

果たしてレースは、予想通りの厳しさだった。
スイムは52分と好位であがるものの、バイクで思うように伸びず、バイク終了時はトップグループと10分差、ブルンメンフェルトやライオネル・サンダース、キャメロン・ワーフなどの有力選手を含むチェイスパックとは約5分の差がついてしまう。

ランニングもライバルたちに遅れをとるが、ラップタイムだけを見ると2時間57分29秒。決して遅いわけではないのだが、ブルンメンフェルトの2時間38分01秒と比べると、もはやワールド・チャンピオンシップで勝つためには、今の彼の2ランク以上の走力が必要となってしました。

「もうベテランと呼ばれるようにもなったしね」
レース前インタビューでそう自認をしていたキーンレ。
しかし、これまでのライバルとのレース経験の差が、ときにアドバンテージを生むことは彼が一番知っているはず。
だからこそチャレンジを続けるのだろう。

今回、やれることはすべてやったーー。
そんな充実感が漂っているようだったキーンレのフィニッシュシーン。
世界選手権ラスト・ダンスと位置づけている10月のハワイでは、どのような感情を彼は抱いているのだろうか。

アイアンマンには優勝者はもちろんのこと、出場者、完走者それぞれのストーリーが紡がれている。

 IRONMAN World Championship セントジョージ特集 ※リンク

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