5月7日にアメリカ・ユタ州セントジョージで行われる IRONMAN World Championship 特集。このコーナーでは、注目すべき男女プロトライアスリート&決戦トライアスロンバイクにスポットをあてていく。
〜2023年での引退を表明したフライング・ジャーマン〜
プロ男子の注目選手のトップバッターはドイツのセバスチャン・キーンレ。今回、男子出場選手の中で唯一アイアンマン・ワールドチャンピオンシップのタイトルホルダー(2014年)だ。2012年、2013年のアイアンマン70.3世界選手権も制しており、アイアンマン・カテゴリーでの実績はメンバー中ナンバーワンといえる。
今大会の男子参加者リストにも、一番最初に彼の名が記載されており、これは、そのリスペクトの表れであろう。
ヤーン・フロデノ、パトリック・ランゲと並び、男子アイアンマン・シーンにおけるドイツ人トライアスリートの第二次黄金期を築き上げたとひとりといえるキーンレ。
今回、残念ながらフロデノはアキレス腱のケガ、ランゲはバイクトレーニン中の事故で肩を負傷し、セントジョージ大会をキャンセルしているだけに、ドイツ勢の中では彼に期待が高まるところだろう。
2019年のアイアンマン・フランクフルトのプレスカンファンレンスにて。ヤーン・フロデノ(写真左)、パトリック・ランゲ(同右)とスピーチを待つキーンレ
しかし、ここ2年は本人も「さまざまな怪我に苦しめられ、これまでと同じレベルの身体ではない」と認めているように、満身創痍で不本意な結果が続いていた。特にアキレス腱の状態に不安を抱えており、さらには2021年に出場したチャレンジ・ロス(ドイツ)でのリタイヤが、彼のプロトライアスリートとしてのキャリアの方向性に影響を与えることとなった。
その後、キーンレは2023年をもってレースから引退すると公表する。当初は、次の1年にすべてを集中させ、2022シーズンで幕を引くプランもよぎったのではないか。しかし「もし満足いく結果が残せなかったという理由で、引退を(1年)延ばすという選択肢は考えたくなかった」と、あえて期限を決め、退路を断つ決断を下したということだ。
そんな彼の残されたシーズンで最大となるターゲットは、もちろんアイアンマン世界チャンピオンの称号だ。今年のセントジョージ、またはコナで自身(2014年のハワイに次ぐ)2度目のタイトルを獲得し、さらなるキャリアのハイライトを迎えることを目標に据えているという。
「最後にもう一度自分自身を驚かせることができれば、それは素晴らしいことですよね」(キーンレ)
しかし一方で、その道のりが険しいことは本人が一番分かっているようだ。
「ここ2年のレースでのさらなるレベルの進化には驚きを覚えています。そんな中、私にベットする(優勝者に賭ける)人はいないかもしれませんね」(マーク・アレンとの対談より)
彼のいう大きな進化の要因とは、東京オリンピック金メダリストでアイアンマン世界記録保持者のクリスティアン・ブルンメンフェルト、2021年アイアンマン70.3世界選手権覇者のグスタフ・イデンのノルウェー勢や、進境著しい若手などを指している。
しかし、ときにアイアンマンは身体能力だけではない総合力が重要になる、とキーンレは実感しているという。
「私のストロングポイントは、レースで普段自分が出す以上の力を発揮することができる能力です。彼ら(ライバル)に対して唯一のアドバンテージがあるとすれば、それを可能とする経験でしょう」(同対談にて)
そんな決意をもって5月のセントジョージ大会、そして2022シーズンに全力を注ぐキーンレ。その後のプランについては、「2023年はお別れのワールド・ツアーになるでしょう。今まで出場できなかったレースや、見てみたい場所に行くなど、約20年となるキャリアを締めくくるシーズンといえるでしょうか」と、穏やかな表情に変わる。
まずは2022年を全身全霊で挑む。そんなキーンレのシーズン初戦に、世界のトライアスロン・メディアの注目が集まっている。
【 セバスチャン・キーンレの決戦バイク/スコット・プラズマ(PLASMA)6 】
スコットのプラズマ・シリーズとアイアンマンとの歴史は長く、過去のハワイではキャメロン・ブラウン(ニュージーランド)が創生期モデルを駆り2位に輝いた実績もある。
そして、これまでTTバイクと兼用だった先代モデル PLASMA5 が昨シーズン、満を持してトライアスロン専用モデルとして生まれ変わった。
ブレーキのディスク化はもちろんのこと、リアホイールの輪部に沿って大きくシェイプされたシートチューブ、それに対して前輪から大きな幅(間隔)をもたせたダウンチューブ・レイアウトなど、独自のエアロダイナミクスを追求したデザインが特徴。そして、もはやトライアスロンバイクの必須装備になっている、フレーム一体型のフューエルシステムなど専用設計が施されている点に目がいく。
長年スコット・ユーザーであるキーンレも昨年からこのニューバイクにスイッチ。今シーズンは、当初予定していた アイアンマン70.3ランサローテ をキャンセルしているので、セントジョージで初お目見えする彼の2022モデルがどのようなアッセンブとなっているのか注目したい。
また決戦用ではないが、キーンレの使用バイクでもうひとつ注目しておきたいのは、オフのトレーニングにロードバイクを多用している点だ。これはヨーロッパの地理的な理由もあるのだろうが、今年2月にスペイン・マヨルカ島で行った合宿でも、バイクトレーニングでは基本、軽量オールラウンダーの純ロードモデル、スコット・ADDICT RC を利用していた。これはツール・ド・フランスに出場するワールドチームが導入する、ハイスペック・ロードバイクでもある。(写真下)
このように、特にヨーロッパのトップトライアスリートは、男女を問わずロードバイクでオフの走り込みに取り組むケースが多い。たとえばキャニオンなら『エアロード CFR』、スペシャライズドならば『S-WORKS ターマック』などとなる。これは、ロードバイクで距離を乗り込むことにより、トライアスロンバイクへ移行するときのベースとなる体力や、バイクの操作技術などを高める狙いがある。
こういった傾向、ノウハウは参考にしたいところだ。