11月17日(日)に東京・お台場で30回の節目を迎えた日本トライアスロン選手権が開催された。
その年のトライアスロン男女日本一を決定する51.5kmレース。例年さまざまなドラマが展開されてきたが、今回もその歴史に新たなプロフィールが刻まれている。
【女子レース】 20年来のライバルが最後の共演
今回、レースの大きな話題のひとつに有力選手ふたりの今後の去就発表があった。
ひとりは、東京、パリと2度目のオリンピック出場を果たし、前回の日本選手権を制しているディフェンディングチャンピオンの高橋侑子(相互物産)。彼女は集大成と位置付けていた今年の五輪レースを終えたあと、今季限りで引退するつもりでいたという。
しかし、10月のワールドトライアスロン・チャンピオンシップシリーズ(WTCS)のグランドファイナル戦を迎えたときに転機が訪れる。
そのレースの前に、自身の(引退するという)考えをコーチに伝えたときの、本人の寂しそうな表情を見て『競技を続けよう』という感情が生まれたという。
「正直、こんな気持ちになるとは思わなかったのですが体力的に限界でもないし、もう少しやってみよう。終わりを決めず、1年1年やっていく中で、また何かが見えてくるのはないかと考えました」と、現役続行を決めている。
そして迎えた今回の日本選手権は、新たな自身の決意をパフォーマンスで表すかのような積極的レース展開で圧勝し、通算4度目の日本チャンピオンの座を奪取。
“リスタート” となったともいえよう。「自分にとって特別な場所」というお台場の舞台で、第一人者としての輝きをひときわ放つこととなった。
高橋が佐藤に贈ったことば
一方で今回、3位表彰台を獲得した佐藤優香(トーシンパートナーズ、NTT東日本・NTT西日本、チームケンズ)は、この日本選手権を最後に引退を表明していた。
「今年のパリ五輪の出場権を逃したときは、まだ(競技を)やめるとか考えていませんでした。ただその後、(WTCS)グランドファイナルなどに向けての体調管理が本当に大変だったり、9月の海の森(東京/アジアトライアスロンカップ)で不本意な成績に終わったときに『そろそろ引き際かな』と考えるようになったのが理由です」(佐藤/写真下・No.9)
再スタートと引退の決意ーー。
今回女子レースの主役を担った高橋と佐藤のふたりは20年来の戦友でもある。
「小学4年生から知っていてずっとライバルでした。マラソン大会とかキッズのトライアスロンで一緒のレースにも出場していましたし。彼女(高橋)の存在があったからこそ、自分はここまでやって来られたんだと感謝しています」(佐藤)
「同い年でずっと競い合ってきた選手が引退するというのは悲しくはあるのですが、今日の彼女の晴れやかな(レース中の)姿を見ることができて嬉しかったですね」(高橋)
2010年にシンガポールで行われた第1回ユースオリンピック競技大会で、記念すべき金メダル第1号を獲得し、2016年リオデジャネイロオリンピック出場など、長年に渡り日本エリート女子のトップ選手として活躍してきた佐藤。
「もちろん勝ちにいきます」と表明していた今大会では、T2を経てランに入った時点で脚がケイレンしてしまい一時5位に後退。しかし、ラストレースにかける思いと培ってきたマネジメント力でポディウム(表彰台)に返り咲き、競技生活のフィナーレを飾った。
レース後、高橋からは「お疲れ様。引退おめでとう」と声をかけられたという。
リスペクトし合うふたりだからこその、フィニッシュ後のバックステージでのやりとりだった。
これを海外スポーツ界の習わしで言い表すならば『 Congratulation on your retirement. 』。
現役を引退する選手に、次のステージへの出発と活躍を願う意味などを込めて伝えられる『おめでとう』である。
ランで追い上げた林愛望が2位に
バイク途中の落車によりトップ争いから遅れをとった林愛望(日本福祉大学・まるいち)は、ランで高橋に次ぐラップ2位のタイム(36分06秒)をマークして追い上げ2位を獲得。
バイク落車後は単独走が続き、その疲労が重なってのリザルトだけにもどかしさも大いに残ったのだろう。「今までで一番悔しいレースとなりました」とフィニッシュ後涙した。
しかし U23カテゴリーでは女子3連覇を達成。来年の日本選手権でのジャンプアップが大いに期待される。
<女子リザルト>
1位 高橋 侑子 2時間00分03秒
2位 林 愛望 2時間01分27秒
3位 佐藤 優香 2時間02分22秒
⇒ 総合リザルト
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【男子レース】完勝の北条巧。視線はすでに2028年・ロス五輪へ
男子レースは北条巧(NTT東日本・NTT西日本)が終始レースをコントロールし、ランに入ってからは独走。東京五輪、そしてパリ五輪に向けての代表争いを繰り広げてきたライバルのニナー賢治や小田倉真が不在の中、圧勝劇を演じた。
スイムから先頭パックの中で積極的に仕掛け、バイクでも自身のペースでプランどおりのレース展開に持ち込んだ観があり、勝つべくして勝ったといえるだろう。
フィニッシュの花道に入ると、手を差し出す観客一人ひとりに立ち止まりハイタッチ。さらには(ゴールする前に)引き返しながらのハイタッチも交わしつつ、ゆっくりとレースを締めくくった。
もちろん後続との差をしっかりと確認してからのフィニッシュ・パフォーマンスだったのだろうが、見ている側が少しヒヤヒヤするほどの演出。そこには、今シーズンを終えた彼の思い、そしてこの先の決意が込められていたようだ。
ゴール後、彼の目には涙が光ったが、これは嬉しさからではなくパリ五輪に行けなかった悔しさからだった。
今日はいいパフォーマンスができたのに、なぜこれで(パリ五輪代表を)外してしまったんだろうか? そんな思いが込み上げてきたという。
そして、その経験をバネに彼の視線はすでに2028年のロス五輪へと向けられていた。
リスタートとフィナーレ。
さまざまな立場、そして思いが交錯した30回目のナショナルチャンピオンシップであった。
<男子リザルト>
1位 北條 巧 1時間46分44秒
2位 内田 弦大 1時間47分32秒
3位 佐藤 錬 1時間47分52秒
⇒ 総合リザルト