ブルンメンフェルトの強さ&速さの秘密とは?【前篇】/宮塚英也のトライアスロン“EYE” 〜トライアスロン・トレーニングの鉄則〜

IM 世界選手権

トライアスロン・アナリストの宮塚英也が今、世界でもっとも注目されているトライアスリートといえるクリスティアン・ブルンメンフェルト(ノルウェー)の強さを分析。

昨年の東京五輪で金メダルを獲得したあと、1年経たない間にアイアンマン世界選手権(セントジョージ)を制覇したブルンメンフェルト。そして今週末はドイツのトライアルレースで、アイアンマンディスタンス7時間切りを目指すという。
一体彼はどのような強化(トレーニング)を経て現在に至ったのか? そして今、先端のトライアスロン界では何が起こっているのだろうか?

<世界を制した “BIG BULL(ブルンメンフェルトの愛称)” の走り>
まず5月のセントジョージでのレースを見て注目したのは、彼のフィットネスレベルだった。
もともと身長の割に体重があるタイプで知られているが、実際に現地で取材した記者に聞いても、その重厚ぶりはほかの選手と比べて際立っていたという。
さらには、私がライブ映像を見ていた範囲で、気になったのが東京五輪のときよりもお腹周りの肉(脂肪)がついていたことである。

レース約4週間前に現地(ユタ)入りした直後に風邪を引き、予定していたトレーニングをこなせていなかったようだが、それを差し引いても、世界選手権で勝つためには絞り切れていないのでは? と感じた人も多かったのではないだろうか。

しかし、そんな心配をよそにブルンメンフェルトは堂々たるパフォーマンスを披露し、優勝してみせた。
その要因は何だったのか?

ここからは、あくまでも私個人の見解であって、ブルンメンフェルトのパフォーマンスとの整合性があるかどうかはわからない。
ただ、これまで私が呼気ガス測定(写真下)なども利用し、いろいろなアスリートを指導して研究&蓄積してきたデータを踏まえ、今回の彼の走りをみて感じたのは、「最大酸素摂取量の値が突出して高いのではないか」という推察だった。

一般的に、エンデュランススポーツにおいて、より少ないエネルギーで自身を前に運ぶには、体重は軽いほうが良い。そのほうが楽に、速く移動できると考えられている。

一方で、持久能力を示す指標に最大酸素摂取量(VO2MAX)がある。これは体重1kgあたりにつき、1分間にどれだけの量の酸素を体内に摂入れられるかを示す数値で、この値が大きければ大きいほど持久能力が高いとされている。
つまり、1分間に接収した “酸素の総量” を体重で割るので、体重が重ければ重いほど VO2MAX値は小さくなってしまう。そこで多くの持久系アスリートは、体重を落とすことでこの数値(最大酸素摂取量)を大きくしようとするわけだ。これはセオリーともいえるだろう。

ただ、前述の私が蓄積してきたデータいおいて、比較的体重があったとしても、能力の高いアスリートは、そもそもの酸素摂取量(体重で割らない酸素の摂取量)自体が多い傾向にあることがわかっている。つまり、体重を落とさなくても自分の身体を運ぶ心肺機能が高い選手によく見られるケースといえる。
ブルンメンフェルトはこの能力の高さが群を抜いていて、そういう意味で、彼の最大酸素摂取量が大きいのではと推測できるわけだ。

<3種目における体重との関連性>
ここで、トライアスロンのパフォーマンスと体重について、運動効率(エコノミー)の観点から分析してみよう。

スイムに関しては、多少体重が重くてもその分身体が水面に浮きやすくなり、水の抵抗が減ることで、一般的にはエコノミー低下の影響は大きくはない。
これからも仮にブルンメンフェルトの体重が増えていたとしても、スイムに関してはさほどマイナスは受けていなかったと考えられる。

続いてバイクについて。バイクは平坦なコースであれば身体を上に運ぶ必要はないので、その場合、体重値による大きな影響もないだろう。
しかし、今回のアップダウンの多いセントジョージのコースでは、体重があると明らかに不利な条件といえるのだが、これもブルンメンフェルトは難なくクリアしている。

彼はこのレースに新しいトライアスロンバイクを投入していて、バイク本体の性能や乗車時のフォームの研究による空気抵抗の軽減なども寄与していたかもしれない。
しかし、なんといっても一番の要因は彼の突出したパフォーマンスレベル、具体的には最大酸素摂取量の大きさが関係していると思われる。

そして最後のランは、3種目の中でいちばん体重が関係してくるパートだ。
しかもセントジョージはランもアップダウンの激しいコースだったことを考えると、あの身体のボリュームでフルマラソンを2時間38分で走り切れるのは、やはり最大酸素摂取量の大きさとしか説明のしようがない。

一方でエンデュランススポーツは、ただ最大酸素摂取量が大きくても速く走れる訳ではなく、その選手の最大心拍数に対して何パーセントのところでAT値(無酸素性作業閾値)が来るのかが大きく関係してくる。
いくら最大酸素摂取量が高くても、AT値が低ければアイアンマンで速く走ることはできない。つまりトライアスロンのトレーニングとは、
①最大酸素摂取量を高めること
②AT値を上げること

このふたつを目的とせねばならず、その点に関してブルンメンフェルト、そしてノルウェーチームは徹底的な科学的トレーニングを取り入れ、このAT値を高めたことが、今回のレース結果につながったのだと推測する。

AT値とは有酸素運動から無酸素運動に変わる境目のことを指す。有酸素運動時は脂肪と糖をエネルギーに変えて運動していたものが、AT値を境に脂肪を利用することができなくなり、身体に蓄えた糖のみをエネルギーにしながら運動することになる。
ただ個体差はあるものの、個々が蓄えられる糖の量は限られているので、いかにして脂肪を効率よくエネルギーに変えて運動し続ける能力を高めるか? つまりは②を向上させることがカギとなるわけだ。

では、ブルンメンフェルトはどのようなアプローチでこれらを実現させたのだろうか? これには、彼のコーチの、過去のインタビューに大きなヒントを見出すことができた。

>> ブルンメンフェルトの強さ&速さの秘密とは?【後編 へ続く(リンク)

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