宮塚英也のトライアスロン“EYE”/ ますます高速化するアイアンマン。最速ライディングフォーム&走りを解析する

ロングディスタンス・トライアスロンのレベルはさらなる高みへーー。トライアスロン・アナリストの宮塚英也が現在、そしてこの先アイアンマンのトップレースの行方を分析&解説する。

10月に行われたアイアンマン世界選手権(ハワイ)のプロ男子では優勝タイムの記録更新に加え、バイクとランでもコースレコードがマークされた。
そして女子のレースでも多くの選手が好タイムを記録。アイアンマンはますます高速化し、ロングのプロ選手全体の急速なレベルアップには眼を見張るものがある。

これにはどのような要因が関与し、今後何がポイントとなっていくのか? 今回のハワイでの結果をもとに使用機材やトレーニング方法、さらには歴史をひも解くなど私なりに分析してみた。

まずスイムについては、バイクやランと比較すると、昔からさほどタイムの短縮は感じられないといえる。
ハワイでは1980年代からトップ選手が50分前後のタイムで泳いでいたし、2000年前半に登場した高速水着や、スイムスキンの利用などにより多少のレベルアップは見られたものの、今回(ハワイの)スイムトップ選手のタイムは48分。
革新的なレベルアップというまでの印象はなかった。

レイドローのライディングを動画でチェック!
続くバイクでは、プロ男子のサム・レイドロー(写真下)が4時間04分36秒という驚異的なタイムをマーク。記録の伸長もさることながら、今回のハワイで一番衝撃を与えた種目ともいえるだろう。

バイクに関しては多くの機材やエキップメントを使う種目であることから、スイムやランと比較すると、それら(機材など)の進化はタイムに直接影響を及ぼしやすい。
たとえばアイアンマンが始まった当初は、バイク180kmをトップ選手であっても5時間以上かかっていたが、1987年にDHバーが生まれたことでタイムが一気に向上。多くのトップ選手が5時間を切るまでになった。

1986年の初勝利からハワイ通算8勝を挙げたポーラ・ニュービー-フレイザー(手前)

その一方で当時の機材では平均時速40kmまでが限界といえ、よほどの好条件でなければ4時間半を切るのは厳しい時代でもあった。

それが2000年代に入るとバイクのエアロ化が進み、タイムも徐々に短縮。さらにはバイクに選手が乗車した状態での風洞実験も盛んに行われるようになった。ウエアやヘルメット、シューズなど、バイクライドに関わるすべての機材、そしてライダーを含めたエアロ化の追求によりタイムが向上している。

今回、破壊的なバイクラップをたたき出したレイドローの走りを見るとその模範的な要素が多く興味深い(下の動画参照)。

【レイドローのバイクフォーム(動画)】

《ポイント》レイドローの特長はバイク、ライダー、乗車姿勢のすべてにおいて空気抵抗削減を極限まで狙ったフォームだ。フレームはもちろん、負担の少ないエアロバーの高さや角度、手と顔の位置関係、そしてヘルメットから背中にかけて空気の抵抗を受けにくい姿勢は完璧に仕上げられたポジションといえる。
ただ空気抵抗を減らすだけでは速く走れるわけではなく、しっかりと大きな出力を安定して出し続けられることもフォームの大きなポイント。
レイドローの場合、サドルとハンドルの距離が長めにセットされているので、サドル先端に座っているにも関わらず、上半身が丸まることなく伸び、脚力だけではなく上半身の力が上手くペダリングに伝えられている。つまり臀部、ハムストリングスが効率よく使えているわけだ。
クリートの位置は若干深め(つま先側ではなくカカト寄り)。これにより一瞬の大きなパワーは出せなくても安定して臀部の力が伝えられ、結果、長時間&高出力を可能にしている。

今年のハワイでバイクラップ・レコードを塗り替え2位を獲得したサム・レイドロー

バイクタイム向上は、機材以外にもトレーニングの進化に寄与するところは大きい。
まず1980年代後半から取り入れられた心拍計を使ったハートレイト・トレーニングが一般的となり、心拍数による運動強度の管理が確立された。さらに2000年代のパワーメーターの出現により、出力管理の概念も浸透。選手個々の最適な心拍数とパワー出力で180kmをイーブンペースで走り切ることが可能となった。

トップトライアスリートのバイクにはパワーメーター装備というのがもはや標準といえる

さらには、これも古くからデータ蓄積されてきた乳酸値測定など、いろいろな要素を組み合わせることにより、今のバイク高速化が生み出されているのは異論のないところだろう。

厚底シューズのランフォームを動画で解析
一方でハワイのランニングタイムを見てみると、ここ数年のバイクの高速化に比べればタイムの短縮は目立たず、1989年にマーク・アレンが出した2時間40分のコースレコードが破られるまで25年以上を要していた。
それが今年、グスタフ・イデンの2時間36分15秒という突出したタイムまで進化することになっている。

ランのトレーニング方法も心拍管理などいろいろなデバイス、アプローチ方法が実を結んでの結果といえるが、今回注目したいのはランニング機材ともいえる『厚底&カーボンプレート入りシューズ』。この登場がアイアンマンでも、タイムが飛躍的に進化した大きな要因なのではないかと考える。

ただ誤解してはいけないのは、単に厚底シューズを履いただけでランタイムが向上するわけではなく、その革新的アイテムを使いこなす研究&解析が結果につながっているのだと、今回ノルウェー選手勢の走りを見て感じた。

具体例として、バイクフォーム同様、厚底シューズをより効率よく使いこなすランニング動作の解析が頻繁に行われてのだろう。これまで “何となく良いフォーム” というのが明確に数値化されるようになり、それをまたトレーニングに活かし、ランパフォーマンスの進化につなげているのは容易に想像できる。

ここではクリスティアン・ブルンメンフェルト、イデンそれぞれの走りの違いを比較してみる。各人の特長を生かしたフォームであるのが分かるだろう(下の動画)。

【ブルンメンフェルトのランフォーム(動画)】

彼のランフォームの特徴は深めの前傾姿勢と、どちらかといえばピッチ走法寄りのリズム。平坦路にも関わらず、下り坂を走っている様にも見えるくらいだ。
深い前傾をとることで、振り出した足の接地位置を身体に近い場所(真下に近いポイント)にもってきている。これにより着地時に足へのブレーキがかかりにくく、脚の筋肉への負担を少なくすることが可能。さらには後ろの脚で地面を蹴るのではなく、まるで転がる様に脚をきれいに回して推進力を生んでいるイメージだ。
このように効率よく脚がまわりエネルギーロスが少ないために、重めの体重であってもハイスピードで長時間走り続けられるのだと考えられる。
下記のスロー映像で確認するとより分かりやすいだろう。

【イデンのランフォーム(スロー再生)】
グスタフ・イデンの走りのリズムは、ストライド走法でもピッチでもなくその中間的なイメージ。着地はほぼミッドフットストライク。一見オーソドックスなフォームにも思えるが、スローだと厚底シューズの反発を利用して少しジャンプ気味になっているのが分かる。
そして両足が地面から浮いている瞬間は、1km4分を切るペースで走っているにも関わらず、全身が非常にリラックスできている。つまり脚が推進力を生みだす一瞬(着地〜蹴り出し)だけに力が入り、そのほかはリラックスしてエネルギーの回復を図る、こちらも効率の良さを可能とする走りといえる。

総合的進化がもたらすイノベーション
イデンやブルンメンフェルトなどノルウェー・チーム躍進の要因として『科学トレーニング』はもはや周知となっているが、それは機材、トレーニング機器、練習方法など、パフォーマンスに関わるすべての要素を研究&精査し、総合的に組み合わせることで生み出されているともいえる。
それが、現在のアイアンマン超高速化の正体なのではないか。

そして次に迎えるアイアンマン70.3世界選手権(10月28日、29日開催)。
レースはこれまでの常識では考えられない、未踏のタイムが飛び出しても何らおかしくないステージに突入しているのかもしれない。

<著者プロフィール> 宮塚英也(みやづか ひでや)
1980年代中盤から2002年の現役引退まで日本トライアスロン界のトップを走り続け、アイアンマン・ハワイ(アイアンマン世界選手権)で2度トップ10入りするなど世界を舞台に活躍。2002年に現役を引退した現在も、その卓越したトレーニング理論や分析力をもとにコーチングなどで第一線を走り続けている。またトライアスロングッズの開発&販売(ハイディア・オンラインショップ)など活動は多岐にわたる。

>> ハイディア・オンラインショップ ※リンク

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