《Hawaii 特集》チェルシー・ソダーロ / アメリカン・ニューヒロイン誕生の瞬間 〜アイアンマン・ハワイ女子プロレースレポート〜

ハワイ2022

今年ハワイで初めて2日間に渡って開催されることになったアイアンマン世界選手権。
10月6日(現地時間)はプロ女子のレースが実施された。(※写真をタップするとフルサイズで見られます)

そして、誰が今回のレースの結果を予想しただろうか。
チェルシー・ソダーロ(アメリカ)の圧勝を。

アイアンマン(フルディスタンス)初挑戦は今年6月にドイツ・ハンブルクで行われたアイアンマン・ヨーロピアンチャンピオンシプ。そこで得たハワイの出場権が、彼女の今後のトライアスリートとしてのキャリアを劇的に変えることになった。

23歳でプロアスリートとしてのキャリアをスタートさせているソダードだが、最初はランナーとしてだった。全米のオリンピック候補にも挙げられ、世界最高峰の陸上競技シリーズ大会のダイヤモンドリーグに出場するなど、輝かしい実績を残すもケガにも悩まされ続け、2017年にトライアスロンへの転向を果たす。28歳のときだった。

もちろんエリート・カテゴリーへの挑戦で、すぐさまITUレースなどに出場。2018年にはメキシコで行われたワールド・カップで優勝している実績などを鑑みれば、結果論にはなるが、そのポテンシャルは規格外だったという見方ができるだろう。

トライアスロンデビュー翌年からはミドルディスタンスのレースにも出場。
アイアンマン70.3のシリーズ大会では2018年に1勝、2019年3勝とわずか5年ほどのキャリア、そしてコロナ禍を挟んでのトライアスリートとしての結果をたどればたどるほど、今回のハワイの快挙に納得する人も多いのではないか。(これも結果論になるだろうが)

そんな彼女のさらなる転機となったのがコリンズ・カップ(写真上)だろう。昨年から開催されているこの世界選抜レースに、2年連続でアメリカチームの一員として選ばれている。そこで世界のロング&ミドルの実績あるトップ選手たちとマッチレースを繰り広げたことが、彼女の能力をさらなる覚醒へと導いたのではないか。
この点は、本人も貴重な経験(大会)になったとコメントしている。

今年のコリンズ・カップでのフィニッシュ後のシーン。現在33歳の一児の母。昨年生まれた子ども、そして家族とはいつも一緒だ

「今年から加入したチーム環境も大きいですね」(ソダーロ)
自転車メーカーの BMC とスポーツアパレル企業の 2XU がコラボして立ち上げた BMC PRO TRIATHLON TEAM は主にロングディスタンスの活動をメインとし、機材供給からドクターなど専門チームのサポートまで受けられることが可能。「まさに信じられないほどの素晴らしいチームです」
このチームには、今年5月のセントジョージ(アイアンマン世界選手権)で女子2位に入ったカット・マシューズ(写真下)も所属し、相乗的なパフォーマンスアップも見られている。

ただ、そのマシューズはハワイ大会を前にした9月末、バイクトレーニング中の交通事故で大怪我を負いレースをキャンセル。期待されていた同胞のためにも結果を残したかったに違いない。

ルーシーの飛び出しがレースを大きく動かした

話をレースに移そう。
42人が出場したプロ女子の前評判ではハワイ4勝のダニエラ・リフ(スイス/写真下)、2019年ハワイ覇者のアンネ・ハウク(ドイツ)やアイアンマンの女子レーコードタイム(8時間18分20秒)をもつローラ・フィリップ(ドイツ)。さらにはケガから復帰したルーシー・チャールズ-バークレー(イギリス)などが有力選手として挙げられていた。
特にリフがレースの中心になると多くの関係者も予想していたはずだが、結局彼女は後半失速してしまっている。

そんな今回の勝負のポイントのひとつはスイムコースのコンディションだった。
波と時よりのうねりがあった厳しいコンディションは、スイムの実力差が通常よりも出やすくなる
そんな中、泳ぎにアドバンテージをもつチャールズ-バークレー(写真下)がトップでスイムアップ(50分57秒)し、ライバルと目されたリフたちに7分以上の差をつけてバイクへと移って行く。

この差がリフにとってレースの難しさをもたらした。
一気に差を詰めたいところだが、自身のコンディションを見極めつつレースを進めなければならない。
そんな中、ケガから復調したチャールズ-バークレーはバイク前半でも快ペースを保ち、彼女が思うようなレースプランが描けず、いつもと違うジレンマを感じていたのだろう。

ここでのバイクのペーシングは本当に難しかったようで、序盤、リフと同じパックで走行していたアンネ・ハウク(写真下)は、「まるでバイクパートでエネルギーを使い果たしてしまったようで、ランに入って本当に辛くなった」とレース後にコメントしている。

トップ選手が(パフォーマンスの)リミッターをコントロールをし続け、フィニッシュに8時間以上を要するレースでは、プラン、リスク、臨機応変な判断など、いろいろなピースをパズルのように当てはめなながら結果へとつなげていく。
そのピースを、今回のリフは思うように組み立てられなかったのか。

その後、彼女はバイク後半に巻き返し、4時間36分11秒のラップでバイク終了時はチャールズ-バークレーに17秒先着するが、スイムでの大きな出遅れが、結果的に消耗度を高めてしまったかたちとなったのだろう。ランに入るとすぐにチャールズ-バークレーに首位の座を明け渡し、ペースが徐々に落ちていってしまった。

一方、こちらもレース序盤、リフやハウクが形成するパックで走っていたローラ・フィリップ(写真下)。しかしその途中、バイクペナルティーによる5分のストップを課せられ優勝争いから大きく後退してしまう。

ふたつめの勝負のポイントは、ランでさらにコンディションが厳しくなったことだ。
32℃を超える気温の中、バイクで体力を消耗した選手たちにとっては、築いたアドバンテージが一気にリセットされ、それまで残っていた体力、気力を振り絞った総力戦で順位を勝ち取っていかなければならなくなる。

そんな中、「厳しかったけど情熱を保ち続け、自分を信じてレースに臨みました」と、我慢のペーシングでチャールズ-バークレー(写真下)はランのふるい落としから留まり、3時間02分49秒をマークして2位を獲得する。春先には松葉杖をついていた状態を考えると、称賛すべき結果といえる。

本人も、「私をこれまでサポートしてくれているスタッフは、素晴らしい働きをしてここまで導いてくれました。本当に感謝しています」と、次のステップ(10月末のアイアンマン70.3世界選手権)に視線を向けているようだった。

そして勝負の最後のポイントは、もちろんソダーロのランパフォーマンスだ。

酷暑の中、ライバルたちが徐々にペースを落とす中、ひとり1キロ4分の平均ペースを刻み、バイク終了時の5位から序盤でトップをうかがう位置まで順位を上げていく。

結果彼女が絞り出したランラップは2時間51分45秒。もちろん出場者中トップ、しかも(ラップ)2位のハウクに6分以上の差をつけて、ライバルたちに決定的なダメージを与え決着をつけた。
レース後「何が何だか分からないくらいです」と、本人が一番驚きを隠せないくらいで、「それだけに言いようのない感情が湧き出ています」とも。

「ハワイの勝利をカリフォルニアに持ち帰れて嬉しい!」フィニッシュ後にそう語った意味はすなわち、女性のアメリカ人が久々にアイアンマン世界選手権を制したということ。これは1996年のポーラ・ニュービー-フレイザー(写真下)以来、実に26年ぶりとなる。

さらには彼女の優勝タイムは、2018年ダニエラ・リフの8時間26分18秒に次ぐ歴代2位のタイム。
まさに記録ずくめの歴史に残るレースとなった。

【女子プロ上位リザルト】
1位 Chelsea Sodaro (USA) 8:33:46
2位 Lucy Charles-Barclay (GBR) 8:41:37
3位 Anne Haug (GER) 8:42:22
4位 Laura Philipp (GER) 8:50:31
5位 Lisa Norden (SWE) 8:54:43
6位 Fenella Langridge (GBR) 8:56:26
7位 Sarah Crowley (AUS) 9:01:58
8位 Daniela Ryf (SUI) 9:02:26

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