《Hawaii 特集》“ラッキー・ハット”/ コナの王座をつかみとったグスタフ・イデン

7時間40分24秒という、ハワイで行われたこれまでのレース記録よりも10分以上速いフィニッシュタイム。さらにはバイク、ランそれぞれのレコードタイムも更新されるという異次元の争いとなった今年のアイアンマン世界選手権。

その大会の主役を演じた上位3名を、順位は前後するがレース・スポットや本人のエピソードとあわせて紹介していこう。

<男子3位> クリスティアン・ブルンメンフェルト(ノルウェー)

レース2日目を迎えたアイアンマン世界選手権(ハワイ)は10月8日午前6時25分(現地時間)から男子プロのレースがスタート。注目度ナンバーワンは何と言ってもブルンメンフェルトだった。(※写真をタップするとフルサイズで見られます)

昨年後半、オリンピックディスタンスからロングをメインに活動するようになってからも勢いは止まらない。5月のセントジョージ(アイアンマン世界選手権)に勝利したあと、今回のハワイを征するとアイアンマン史上初の同一年世界チャンピオンに輝くことになる。

「一番人気」。レース前の記者会見でもまさにその表現がピタリと当てはまる印象。もはやレースの焦点は、誰が彼を止められるのか? といったムードといっても過言ではなかった。

果たして本人はどう感じていたのだろうか?
「ハワイが終われば再びショートディスタンスにフィールドを移し、2024年のパリ五輪を目指すので今後、トレーニングのマネジメントはさらに重要になってくる。(パリへの)スケジュールを考えると時間がないからね」とレース前に語っていたブルンメンフェルト。

ロングに一度区切りをつけるかたちとなるハワイに勝ち、「アイアンマン無敗(3戦3勝)」のまま揚々とパリを目指ざすのが理想だったのだろう。

一方で、強力なライバルがいることも分かっていた。
友人でトレーニングパートナーでもあるグスタフ・イデンだ。

「セントジョージのときよりも今回はプレッシャーを感じていた(注目度が上がるなど)。グスタフも絶好調ということは分かっていたしね」と、レース後の記者会見で語っていたように、同じコーチで、同じチーム員といえる関係で一緒に過ごす時間が長いだけに、それを肌で感じていたのだろう。

結果、ブルンメンフェルトの予感は的中する。
ハワイのレースが佳境迎えたランニングの30km地点。バイク終了時に6分の差をつけられてトップを行くサム・レイドロー(フランス)を、イデンと縦走しながら着実に差を詰めていた途中、徐々に彼に離されていくかたちでーー。

<男子優勝> グスタフ・イデン

それもそのはずだ。
このときイデンがマークしたランタイムは2時間36分15秒。これまでパトリック・ランゲがもつ記録を3分以上縮めるレーコードタイムだったのだから。

ギアを一段上げてブルンメンフェルトを置き去りにし、さらにはレイドローをもとらえる勢いに、会場にあるモニターを見ていた多くのギャラリーは驚きを隠せなかった。そんな中、ある意味一番冷静だったのが同胞のブルンメンフェルトだったのではないかーー。

「今回のレースもあの帽子を被って走るのですか?」
8月のコリンズ・カップのレース前記者会見でこんな質問が飛び交ったことがある。そのイデンがレースのランパートでいつも使う帽子には面白いエピソードがあった。

“ラッキー・ハット”
彼がそう表現するアイテムは、なんと2019年に東京で行われた五輪テストイベント出場のため来日したときに見つけたものだという。

漢字が並んだデザインということは瞭然だが、意味はもちろんまったく分からない。しかし何かインスピレーションを感じたようで、良い結果をもたらしてくれることを望み、その後9月のフランス・ニースで行われたアイアンマン70.3世界選手権で被って優勝することに。
それ以来、レースで必ず使うようになり勝利を重ねているという。

ゲン担ぎといってしまえばそれまでだが、イデンの場合はニュアンスが少し違う。
帽子に書かれていたのは実は台湾にある寺院の名前で、そして、この “ラッキー・ハット” の話が口コミで台湾の市に伝わり、地元のマラソン大会に招待を受けることに。そしてイデンは台湾にいるその間に、ラッキー・ハットのルーツとなる寺院を訪れている。

イデンのバイクのダウンチューブ左側には台湾の世界最大自転車メーカーである『ジャイアント』(ノルウェー語)と記されている。これも彼の人柄を表すひとつだ

純粋で無垢。
イデンを間近にしたとき、誰もがそう感じるはずだ。
普段から人懐っこい笑顔で、誰とでも気さくに話す。どんな取材にも気軽に応じ、初対面でもまるで隣人に話しかけるようなフレンドリーさ。

「自分は単にトライアスロンの魅力、そして勝つことの楽しさに夢中になっているだけなんです」とインタビューで答えているように、至極自分の気持ちに正直に、そして愚直にトレーニングと向き合いながら今のパフォーマンスを築き上げてきたのだろう。

今回のレースでも彼の人柄を象徴するようなシーンがあった。
イデンがラン35km地点でついにレイドローを追い抜くとき、彼の背中を軽くたたきエールを送ったのだ。その後、レイドローも手を差し伸べ、お互い握手を交わして離れていく……。
こんなシーンがあるだろうか? これもイデンの人柄がなす舞台といえるだろう。

※タップすると音声が出ます(上)

結局イデンはハワイ初出場、そしてアイアンマン挑戦わずか2度目にして大きなタイトルを勝ち取ることとなった。

「激しい戦いでした。ランの最後10kmは本当に辛くて、ハワイ島の伝説が私を蹴落としにくるのかと思えるほどに不安になった。サム(レイドロー)を追い抜いたあともさらに苦しくなり、本当に私を倒そうとしているのかと感じたくらいです。でも、私の “ラッキー・ハット” はこの島の伝説よりも強いに違いないですね(笑)」
イデンならではの優勝後のコメントだった。

<男子3位> サム・レイドロー

今回のレースでラン終盤までの主役を演じたのは間違いなくレイドローだ。
ロングディスタンスに挑戦したのは2019年だが、その後コロナ禍でレースが中断。実質の本格スタートは昨年からで、さらにはレイドローもハワイは初参戦だった。

その主役に躍り出たのは、彼がバイクでハヴィの折返し地点を過ぎてから強力にプッシュをし続け、混戦だったトップ争いに完全なる終止符を突きつけてからだった。
彼が駆るトレックのバイクの後輪には、HEDのリムハイト180mmという『超』ディープリムをセッティング。これは高いリスクと引き換えに、一気に勝負に出るという彼の意気込みの表れだった。(写真下)

結果、4時間4分36秒という、これまでの記録を4分以上上回るレーコードタイムを叩き出し、バイク終了時には後続に6分の差をつけることに成功する。

この差をどう見るのか? レイドローを追うのはランでも強力な破壊力をもつふたりのノーウィージェン(ノルウェー人)だけに、ランスタート時では大きくはあるが微妙とも言えるタイム差に、勝負の行方はまったく分からない状況になる。

しかし後続のふたりはラン序盤、1キロ3分45秒の驚くほどの正確なペースを刻み差を詰めていた。その時点で勝負がついたと見る関係者も多かったのではないか。
結果的にはイデンの猛追に首位の座を明け渡すことになるが、ブルンメンフェルトは抑えることができている。

しかし、そんなことは彼にとってどうでも良かったようだ。
「私が4歳か5歳のときからハワイに出ることを夢見ていました。ただただ憧れだったのです。(バイクで突き進んでいく)これが私のレーススタイル。ヤーン・フロデノと彼のレースにインスパイアされていて、勝つならばそんな勝ち方をしたい。私はまだ(アイアンマンの)スタートラインに立ったばかりですから」とレース後、涙を抑えきれない中、喜びを噛み締めていた。

レーコードタイム続出や新世代の台頭、2年間のブランクを経たのちに、初めての男女別でのプロ・レース開催など、2022年のハワイは歴史に残るイベントになった。

【男子結果】
1位 Gustav Iden (NOR) 7:40:24
2位 Sam Laidlow (FRA) 7:42:24
3位 Kristian Blummenfelt (NOR) 7:43:23
4位 Max Neumann (AUS) 7:44:24
5位 Joe Skipper (GBR) 7:54:05
6位 Sebastian Kienle (GER) 7:55:40
7位 Leon Chevalier (FRA) 7:55:52
8位 Magnus Ditlev (DEN) 7:56:38
9位 Clement Mignon (FRA) 7:56:58
10位 Patrick Lange (GER)  7:58:20

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