トライアスロン・アナリストの宮塚英也が今、世界でもっとも注目されているトライアスリートといえるクリスティアン・ブルンメンフェルト(ノルウェー)の強さを分析。
その後編は彼のコーチのインタビューをもとに、トライアスロントレーニングの先端を考察する。
<リオ五輪後のトレーニング修正>
今回のブルンメンフェルトのアイアンマン世界選手権優勝、そしてオリンピック制覇のパフォーマンスを分析するとき、彼のコーチであるオラフ・アレキサンダー・ブゥ(タイトル写真左の人物)の存在抜きに語ることは出来ないようだ。
ノルウェー・ナショナルチーム大躍進の原動力ともいえるブゥは、ブルンメンフェルト、グスタフ・イデン、カスパー・ストルネスの3名のオリンピアンをリオ五輪前から指導&分析してきていて、それぞれのデータに基づいたコーチングを行ってきているという。
その中で非常に興味深いのは、ブルンメンフェルトのリオ五輪(13位)後のトレーニング測定から、彼の持続可能なパフォーマンス・レベルは、これまで指標とされてきた数値と比べ、約20%過大評価していたという結論に至ったことである。
具体的には「あまりにも早くグリコーゲンを燃焼し過ぎている」という分析であった。
これまで “正” とされていたデータから、グリコーゲンを燃焼し過ぎている、という結果が弾き出されたことから、ブゥはブルンメンフェルトのトレーニングに関して、強度が適正だったのかを判定するためのテストを幾度か実施。その後、プログラムに調整を加え、強度制御(今までよりゆっくり)を行ったという。
そして、そこから大きな変化が見られるようになり、結果、パフォーマンスをさらに上げることができたと振り返っている。
この内容に関して、私自身も指導する選手の呼気ガス測定を行い、具体的な運動強度をアドバイスしてきた経験から、共感することが多い。
一般的に多くの選手が、自分より強い人に追いつくためには「彼らと同じスピードでトレーニングすることが必要」と思っている傾向にある。
しかしこれはハッキリ言ってあまり賢い考え方ではない。
自分より強い選手と同じスピードでトレーニングすることは、「同じスピードではあるが同じ強度ではない」ことになる。つまり、自分より強い選手が行ってる練習よりも、相対的に強度が高すぎるトレーニングになっていることになる。
だから私は、その様な(同じスピードで練習しなければならないという)考え方の選手には、「彼らと同じトレーニングを行いたいなら、(強い)彼らと同じスピード、同じ距離を行うのではなく、遅くても強度が同じスピード(心拍数などを指標とすると良いだろう)で、同じ時間トレーニングしなさい」とアドバイスすることがある。
つまりこれが本当の意味で “同じトレーニングを行っている” ことになるのである。
ブルンメンフェルトやイデン、そしてストルネスのトレーニング中の写真では、それぞれ心拍計や体温測定機器、時には呼気ガスを測定しながら取り組んでいる光景をよく見る。
コーチはそのデータから、蓄積してきたノウハウに忠実なトレーニングプログラム&メニューを作成し、それぞれの選手に与えているのだろう。
もちろん競技レベルの高い3人なので、結果的に同じ内容のトレーニングになることはあるだろうが、いずれにせよそれぞれの選手に合った距離や時間、そして強度で管理されていると推測できる。
その内容は、基本的にはやはり、最大酸素摂取量を高めることと、AT値を高めるためのメニューになっているはずだ。
その先のアプローチ法はコーチそれぞれの考え方であって、どの様なトレーニング方法が良いか、悪いかというのは一概には評せない。
重要なのは、トレーニングデータはただ測定し記録していくだけではなく、蓄積したデータをどう利用するかということ。その点でもノルウェー・チームのオラフ・アレキサンダー・ブゥのコーチとしてのレベルは非常に高いと感じる。
ブルンメンフェルトたちが拠点としているスペイン・シエラネバダ高地でのトレーニングでも血中乳酸値、深部体温測定機(CORE/写真右)、血糖値など、さまざまな機器を用いて定期的にデータ測定していた(左端がチームコーチのオラフ・アレキサンダー・ブゥ)
<ブルンメンフェルトの走りを動画でチェック>
トレーニングのアプローチ方法とあわせて、もちろんスイム、バイク、ランのフォームがパフォーマンスを大きく左右することはいうまでもない。ここではランを得意とするブルンメンエルトが、そのボリュームのある身体を、前へと効率的に進めいくテクニックを分析してみる。
まずは、セントジョージでのラン20km地点の彼の走りを見てみよう。
撮影ポイントが上り区間ということを差し引いても、ブルンメンフェルトのランニングフォームは、ほかの選手に比べても前傾が深いことが特徴のひとつといえる。
これが自然に身に付いたのか、それとも意図的に前傾フォームに変えたのかは分からないが、彼の体形に合った非常に理にかなったフォームに感じた。
ランニングにおいて一般的には、足が地面に着地するとき、その接地時間が短いほうが良い(フォーム)とされている。
ランの接地時間を大きくふたつに分けると、足が地面に着地してから体重が乗るまでの区間と、体重が乗ってから足が地面から離れるまでの区間となり、重要になるのは前者。つまり、足が地面に接地してから体重が乗るまでの時間が短ければ短いほど、接地時間も短くなり、ひいてはブレーキの掛からないロスの少ないフォームになっていく。
これは、彼の走りの動きをスローで見るとわかりやすいかもしれない。
【スーパースロー映像】
このように、ブルンメンフェルトのフォームは上体を前傾させることで、足の接地位置を身体の近い場所(真下に近いポイント)に持ってきている。そうやって、接地から体重が脚に乗るまでの時間を短縮することで、着地時にブレーキが掛かりにくく、脚の筋肉への負担を少なくできていることが見て取れる。
だからこそ、あのボリュームのある体型でも脚の筋肉疲労を軽減でき、最後までイーブンペースで走り切れるのだと推察される。
>> ブルンメンフェルトの強さ&速さの秘密とは?【前篇】 ※リンク
※参照/TRI247 NEWSLETTER
<著者プロフィール> 宮塚英也(みやづか ひでや)
1980年代中盤から2002年の現役引退まで日本トライアスロン界のトップを走り続け、2002年に現役を引退した現在も指導者、トライアスロン・アナリスト、エキップメントの開発者などとして活躍。その卓越したトレーニング理論や分析力、コーチングなどでトップを走り続けている。日本人でアイアンマン・ハワイ(アイアンマン世界選手権)でトップ10入り(88年:9位、94年:10位)したトライアスリートは現在まで彼以外にはいない。(写真は1994年アイアンマン・ハワイ時のもの/©Akihiko Harimoto)