今年7月に行われたツール・ド・フランス ファム(ファムはフランス語で女性の意)。2回目の開催となった1週間続く女子の自転車レースは、フランス国内でのTV放送視聴率が平均で24.8%。最高は34.8%で430万人のライブ視聴が記録されたという。
最終日となる7月30日の第8ステージ・個人タイムトライアルではスイスのマーレン・ローセル(写真下)が、22.6kmのコースを時速46.359kmの平均速度で駆け抜けて優勝。
SWISS SIDE のアタッチメントなどを投入したスペシャライズド/S-WORKS SHIV TT を駆り、他を寄せ付けない走りを披露した。
個人総合優勝にはオランダのデミ・フォレリング(写真下)が輝き、マイヨジョーヌを獲得。
レースの注目度は昨年からさらに高まり、沿道の応援、話題性など前回大会と比較してすべての面でグレードアップしている。
その最大の要因は参加者のレベルアップ、そしてレースの魅力を存分に活かしたオーガナイズドだろう。
要は見ていて面白いのだ。前回同様、3週間のツール・ド・フランス男子レースのあと、1週間行われた女子のレースは、来年以降も “ファムのツール” としてさらに発展していくことは間違いない。
こういった女子スポーツの注目度は、世界的に高まっている。
たとえば女子サッカー。こちらも欧州発信で人気が急上昇している状況となっている。
象徴的なのは2022年4月に行われた女子欧州チャンピオンズリーグの準決勝で、FCバルセロナ(スペイン)がホームにドイツのウォルフスブルクを迎えた試合に9万1,000人の観客が集まったという。
これは女子サッカー観客動員数の世界記録更新とともに、男子を含む2022年の欧州サッカー界1位の記録となっている。
ツール・ド・フランス ファムでは選手たちのパフォーマンスはもちろんのこと、このレースのために用意されたスペシャルなアイテム、デザインなどにも注目が集まった
世界的なジェンダー平等の流れを受けてスポーツファンの価値観も多様化している中、女子スポーツを見ると前述のサイクルロードレースやサッカーなど、注目を集める競技が増えているのが現在の潮流だ。
そのムーブメントにTV、動画配信などのメディアもついてきている状況といえる。
スポーツ界におけるジェンダー平等は一昨年行われた東京五輪でも見ることができ、参加選手の女性比率は48%に上昇。2024年のパリでは男女同数になる見込みで、男女混合種目の採用も広がる傾向にある。
トライアスロンのミックスリレーはその代表格といえるだろう。
さて、そのトライアスロンの話に移ろう。
今年、ロングディスタンスでのトピックのひとつにアイアンマン世界選手権が男女別の会場、別日程で開催されることが挙げられている。
9月のフランス・ニースでの男子レースが終了し、10月はハワイで女子大会が実施される。そして次年度以降2026年まで交互開催されることは周知のとおりだ。
今年9月、フランス・ニースで初めてのアイアンマン世界選手権Men を制したサム・レイドロー(フランス)
この決定が発表されたとき、アイアンマン・ブループ(主催者)のCEO、アンドリュー・メシック氏は奇しくもこう指摘をしている。
「2022年にニュージーランドで開催されたラグビー女子ワールドカップではチケットが完売し、私たちは欧州女子サッカーでロンドンのウェンブリー・スタジアムが満員になるのを、ツール・ド・フランス ファムが世界の注目を集めてきたのを見てきている。女性のスポーツイベントは注目度をさらに高めており、2023年のハワイはプロ選手にとって素晴らしいものになるでしょう。ハワイで女子(プロ&エイジ)のアイアンマン世界選手権を行うのは非常に意義のあることだと考えています」
シリーズレースの拡大、コロナ禍によるイベントの中止などによりアイアンマン世界選手権の2日間実施が必須となり、昨年はハワイで2レースを開催。
今年は(ハワイでの)2日開催が不可能となり、今回のフォーマット(ニース&ハワイ開催)が決定されたという背景を鑑みると、このメシック氏の見立てにいささか後付け感を覚える人はいるかもしれない。
一方で、アイアンマンは2015年から女性のトライアスロン参加率向上を目的とした「Women For Tri プログラム」を導入し、実績を積み上げてきた。
そして2023年大会に向けては、世界で開催される17のアイアンマンを『Women For Tri イベント』に指定。それぞれの大会で世界選手権への女性スロット(出場枠)を増やすことを昨年発表し、実数としてはプロも含めトータルで1,000を超える枠が追加設定されている。
昨年初めて2日開催となったハワイ。DAY-1では女子カテゴリーのレースを中心に実施された
と、ここまで昨年からのアイアンマン世界選手権の変革概要をまとめてきたが、これらは前述の女子サッカーやサイクルロードレースと根本的に異なる点がふたつある。
ひとつは、もともとは男女同じ会場で開催していた大会を女子レース、男子レースに分割して実施するということ。
そして、もうひとつは女子サッカーやサイクルロードレースで紹介した例はプロ選手が対象となっているのに対して、アイアンマンはプロ&エイジ(アマチュア)が一緒に出場する競技だという点だ。
男女別レース開催については、スポーツのジェンダー平等において見方が分かれるところかもしれない。
メシック氏のように「女子レースに特化する意義」にフォーカスすることもできるだろうし、「開催地によって男女レースを完全に分ける」という方式に意義を唱える人もいてしかりだろう。
いずれにせよ2日間&別開催地でのレースを前提としたとき、主催者(アイアンマン・グループ)は今回のフォーマットをベストとして選択し、2026年まで続けることとした。
これが覆ることはないだろうが、初めての試みとなる今年のレース終了後にはそれぞれで検証が行われ、来シーズン、より進化した舞台が用意されるにことになるはずだ。
男女別日程(ハワイで10月6日・8日)で開催された2022年のアイアンマン世界選手権のプロレースについては、女子の逆転劇によるドラマチックな展開、これまでのコースレコードを更新する男子のニュー・ジェネレーションたちの争いなど、それぞれカテゴリーでの魅力を存分に発揮していた。
そんな中、近年のロング女子トッププロのパフォーマンスにフォーカスすると、その進化の度合いに目を奪われる。
昨年、ローラ・フィリップ(ドイツ)がアイアンマン・ハンブルクで 8時間18分20秒のアイアンマン・レコードタイムを記録。ハワイでは世界選手権過去2番目のタイムでチェルシー・ソダーロ(アメリカ/写真上)がニューヒロインに輝いた。
そして今年、アイアンマン世界選手権5勝を挙げているダニエラ・リフが6月の チャレンジ・ロート(ドイツ)で8時間08分21秒をマークして優勝。12年間破られていなかったクリッシー・ウェリントン(イギリス)のロング世界記録、8時間18分13秒(同じくロートでマーク)を大幅に更新している。
このロートでのリフのパフォーマンスはまさに異次元。バイクラッ4時間22分56秒、ラン2時間51分55秒とレースが進むにつれ加速度は増し、驚愕のタイムでありながらも、まだ走りが進化する可能性を十分に感じさせる内容だった。
一体10月14日のハワイではどんなパフォーマンスが見られるのだろうか。
少し視点を変えてみよう。
単純比較はできないものの、これまでのアイアンマン世界選手権(ハワイ)を見たとき、“レジェンド” マーク・アレンが5度目の優勝を遂げた(1993年)ときのタイムが8時間07分45秒で、当時は「8時間切りも視野に入った未到の記録」と評されていた。
昨年優勝したチェルシー・ソダーロを祝福するポーラ・ニュービー – フレイザー(右)
一方で1990年前後のハワイでは、女子の優勝タイムは『男子プラス1時間前後くらい』というのがスタンダードな見方とされていた時代。
そんな中、初めて9時間のタイムを切って優勝した女性アスリートが1992年のポーラ・ニュービー – フレイザー(8時間55分28秒/写真上左)で、この不滅の大記録といわれたタイムを更新したのが2009年のクリッシー・ウェリントン(写真下)だった。
6月のチャレンジ・ロードでゲスト参加していたウェリントン。レース解説やメダルかけボランティアとしても活動していた
ダニエラ・リフはそのウェリントンのもつロングのパーソナルベストを10分も凌ぐパフォーマンスを有することとなり、現在、彼女のライバルたちはそれを上回るために準備を進めてきた状況ともいえる。
これら積み上げられた個々の能力がぶつかり合う、最高峰の舞台のひとつが10月のハワイになるわるわけで、ますます進化した、アイアンマン史上かつてないレベルの争いが見られることは必至だ。
8月にフィンランド・ラハティで行われた70.3世界選手権を制し、連覇を果たしたテイラー・二ブ(中央)。3位に入ったカット・マシューズ(左)もハワイでのパフォーマンスが期待されている
さらには先週、東京オリンピック銀メダリスト(混合リレー)にしてアイアンマン70.3世界選手権を連覇(2022年、23年)しているテイラー・ニブ(アメリカ)が特別枠でハワイに参戦することが予定されていると発表。
来年のパリ五輪出場を決めている彼女は、これによりロングディスタンス初挑戦ながらそのポテンシャルの期待度から一気にハワイ主役のひとりに躍り出たといえ、さらなる注目を集めている。
そんなレースが繰り広げられる “アイアンマン世界選手権 Women” は、同時に2,000人規模の女性が参加するアイアンマンとなる。こようなレースは過去に例がなく、そこでは新たな価値観が創出されることになるだろう。
繰り返しになるが、この点は ツール・ド・フランス ファム や女子サッカーの話と異なるわけで、アイアンマンならではの女子スポーツのイノベーションが生まれるかもしれない。
10月のハワイはそういった面でも注目を集めるレースとなる。
>> アイアンマン世界選手権ハワイ&ニース の特集ページ ※リンク
《 TRIATHLON LFE 》
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