フィニッシュした歓喜のあとしばらく遠くを眺めるような、そして起きたことが未だに信じられないような表情を見せた。
この地で4度の2位というリザルト。欲しかったタイトルに挑み続けあと一歩届かなかった、2017年からの挑戦の日々を思い起こしていたのだろうか。
そして、ついに悲願を達成したルーシー・チャールズ – バークレー。初めて女性だけで開催されたアイアンマン世界選手権ハワイで、記念すべきチャンピオンに輝いた瞬間だった。(※写真をタップするとフルサイズで見られます)
「この2年間は本当に苦しかった。だからこそ優勝したいという思いも強かったです」
レース後のコメントのとおり、2022年からここまでの彼女はなかなか思い通りのシーズンを過ごせていなかった。
昨年は、オフシーズンに股関節の疲労骨折を負い、一時は松葉杖をついて歩行しなければならない状態からスタート。
8月にワールドトライアスロン・ロングディスタンス世界選手権でレースに復帰して勝利を挙げ、アイアンマン・ハワイ出場に間に合わすものの結果は4度目の2位に。しかし、このときのシーズン序盤のコンディションを考えれば、勝利に値するほど称賛されるべきパフォーマンスだっといえる。
ランの前半までトップを走るものの、チェルシー・ソダーロの追走に逆転を許す。レースに『たられば』はないが、シーズン序盤のリハビリなど必要なく、体調を万全に仕上げられていたら違った結果になっていたのではと、誰もが思う内容でもあった。
そして今シーズンの途中は、左足の中足骨にヒビが入る故障を負い、またもやスケジュールの変更を余儀なくされる。
トライアスロンの神様は時に非情だ。
変わらぬレースプラン。そして変わっていったコンディション
8月19日のPTOアジアン・オープンでようやくシーズン3戦目を迎えた彼女は5位を獲得。
その後、彼女はハワイに向けて行う強化練習を、高地やトレーニングキャンプで有名な場所ではなく、地元イギリスに滞在して取り組む決断をしている。屋内トレーニングをメインに、効率的に練習できる工夫を施すなどしてコンディションを上げてきていた。
そうやって臨んだハワイでは、変わらず自身のレーススタイルを突き通す。
「5回目の(優勝への)挑戦でしすし、今回に向けて本当にハードワークをこなしてきました」と、自身も今までの結果を意識しないわけがないだろう。その壁を突き破るためには、自分のスタイルを信じ抜くのみといった決意が伝わってくるレース展開を披露する。
スイムスタート後、圧倒的な泳力で後続に1分半の差をつけて上陸。昨年同様にバイク序盤から溶岩台地が広がる道を単独で進んでいった。
ただ昨年と大きく違った点は、後ろから追い上げるライバルの中にアイアンマン70.3世界選手権連覇の実績を携え、ロングディスタンスに初挑戦してきたスーパールーキー、テイラー・二ブ(アメリカ/写真下)の走りがクローズアップされていたことだ。
「彼女(ニブ)が参戦してくることは非情にエキサイティングですね」とレース前、泰然自若といった姿勢を崩さなかったルーシー・チャールズ – バークレー。
目標に向けて立ちはだかる壁がいくつあろうとも、信じるべきは自分自身。自力で乗り越えて行かない限り悲願のタイトルはつかみ取れないことを、この地ハワイで学び続けてきたからこそのコメントだった。
実際、彼女はオリンピアン、ニブとのバイクの差を2分〜3分の間に保ったまま、そして3位以降は10分以上を離してトップのままランパートに入る。
昨年の彼女のランラップは3時間02分49秒。決して悪いわけではないが、アイアンマン世界選手権で押し切れるほどの爆発力ではなかった。
今回もチャールズ – バークレーは走り出してすぐアキレス腱に不安を感じ非常に苦戦を強いられたという。しかし、地元での強化練習は確実に効奏していたのだろう。序盤からペースは確実に昨年を上回り、初めて42.2kmの距離に挑む2位のテイラー・ニブとの差は明らかに開いていく。
ラン後半は、2019年のハワイ覇者で、どのようなレース展開でも粘り強い追い上げを見せてくるドイツのアンネ・ハウクに差を詰められる。しかし、彼女の視界に入ることはなく集中力はさらに研ぎ澄まされていくようだった。
そして、ついにカイルア・コナの女神は彼女に微笑み、フィニッシュタイム8時間24分31秒のコースレコード更新というご褒美とともに、ポディウムの中央へと導かれていった。
「この優勝を実感するのにはおそらく数日かかるでしょう」。手が届きそうでずっと届かなかったタイトルだからこその感覚なのだろうか。一方で、彼女は「バイクコース、ランコースですべての人が応援してくれていることが伝わってきました。こんな素晴らしい日が訪れるなんて」とレース後、まわりのサポートを非常にリアルに感じたという。
おそらく、今年の彼女のレース出場はこれで終了となる。そして、アイアンマン・ワールドチャンピオンとして来シーズンを迎え、心技体、より進化したマーメイド(写真下参照)の姿を見せてくれることだろう。
今回、ルーシ・チャールズ – バークレーは、バイク、ウエア、そしてヘルメットのカラーデザインまで神秘的な人魚のイメージに統一。今後さらに彼女のトレードマークとなっていくことだろう
【プロ上位リザルト】
1位 Lucy Charles-Barclay (GBR) 8:24:31
2位 Anne Haug (GER) 8:27:33
3位 Laura Philipp (GER) 8:32:55
4位 Taylor Knibb (USA) 8:35:56
5位 Daniela Ryf (SUI) 8:40:34
〜素晴らしい1日でした〜
【プロ2位】アンネ・ハウク(ドイツ)
2時間48分23秒というランコースのレーコード記録を更新して2位に追い上げたハウク。
「道中、エネルギー補給に注意を払いならマイペースで行きました。ですから、ランに入って目一杯行こうとプッシュしたんです。それが達成できて気持ちはパーフェクト。素晴らしい完璧な日でした」
「今回、ハイクラスなアスリートが集まり競い合うことで、表彰台に乗るためにはより速くならないといけなくなってきています。競技のレベル全体が上がることはスポーツとして良いこと。今年のレースではそんな変革も感じました」
〜前に進み続けたことを誇りに思う〜
【プロ3位】ローラ・フィリップ(ドイツ)
2位に粘るテーラー・ニブをランでパスするものの、後半ハウクに抜かれて3位に。しかし表彰台での彼女表情は晴れやかだった。
「スイムを終えたとき、期待していた位置よりも遅かったので失望しましたが、バイクの感覚が非常に良かったので行けるところまで行こうと思いました。だから、ランで少し疲れてしまうことは覚悟していましたが、自分ができることをすべてトライして前に進み、表彰台を獲得できたことを誇りに思います」
【プロ4位】テイラー・二ブ(アメリカ)
今回、本番を含めたレース期間中、一番多く話題をさらったと言っても過言でもないテイラー・二ブ。バイクに入ってすぐさま単独で2位に上がり、ルーシ・チャールズ – バークレーとの優勝争いまでも期待を持たす展開となった。
しかしそのバイクパートで故意ではないものの、バイクボトルの処理に関連して1分間のペナルティを受けることに。それでも集中力は切らすことなく初めてのフルディスタンス挑戦、そして初めてのフルマラソンで粘りきり、4位のリザルトを獲得。
彼女の現時点でのアイアンマンでのプランでは、2025年の世界選手権ハワイをターゲットにしており、パリ五輪終了後も大きな話題を提供してくれることだろう。
>> アイアンマン世界選手権ハワイ&ニース の特集ページ ※リンク
【レースダイジェスト動画】