「長らく家に帰れていなくて、(ハワイのレース終了後)来週の火曜日にはリドル・トレックのキャンプに参加することになっているのですがーー」
10月12日に行われたアイアンマン世界選手権ハワイのレース前出場者会見でのテイラー・ニブ(アメリカ)。トライアスロンの女性アスリートに対する環境についての私見を述べるとき、引き合いに出した説明なのだが、一瞬何のことなのかと会見のペースが途切れた瞬間があった。
実は彼女は今年6月から、ツール・ド・フランスなどにも出場する世界トップのサイクリングチーム『LIDL TREK(リドル・トレック)』のチーム員として契約しており、7月の個人タイムトライアル・全米プロ選手権に出場。4位のリザルトを残している。
23.2kmの距離をトップのクロエ・ダイガードから35秒遅れのタイム。ダイガードはその後、個人タイムトライアル世界チャンピオンに輝いていて、この物差しで見るとテイラー・ニブのTTパフォーマンスはプロサイクリストとしてもトップを狙える位置にあるといえる。
東京オリンピック銀メダリスト(混合リレー)にしてアイアンマン70.3世界選手権を連覇(2022年、23年)している彼女。そして8月のパリ五輪テストイベントで5位に入り、来年のオリンピック出場権をすでに獲得している。
そのニブの名前が、今年のアイアンマン世界選手権ハワイの出場者リストに掲載されたあとは、当然のようにレースの主役のひとりとして注目されてきている。(※写真をタップするとフルサイズで見られます)
ハワイのプレスカンファレンスでも注目を集めていたテイラー・二ブ(右)
「なぜハワイに今年出場することを決めたのですか?」という会見での記者の質問では、彼女のスポーツに関するルーツを知ることができた。
「もしこの機会を逃すとここ(ハワイ)での世界選手権に出場できるのは2025年になります(2024年はフランス・ニースで開催)。ルーキーにとって、このレースで結果を残すことは難しいということは知っているつもり。だから準備が必要と思ったのです」
つまり彼女は2025年にハワイで結果を出す(優勝する)ために、今年のレース出場を望んだわけだ。
「このスポーツを始めたきっかけがアイアンマン・ハワイ。2004年、06年大会を制したノーマン・スタドラーが、パンクが原因でレースを勝てなかったことがあったのは今でも印象に残っています。レースを圧倒的に支配する力をもっていても、コントロールできないことが起こり得ることを知った。大会、大会でいろいろな経験ができるトライアスロンが好きなんです」
ドイツのスタドラーがバイクトラブルに遭ったのは2005年のレース。そのとき彼女は7歳だった。
このシーンをニブがライブで見ていたのかは定かではないが、いずれにせよ、彼女の母親が今年のハワイのレースに出場するエイジグルーパーだという家庭環境を見てみても、幼いころからトライアスロン、そしていろいろなスポーツに慣れ親しんできたのは間違いない。
今年5月に行われた ワールドトライアスロン・チャンピオンシップシリーズ横浜 では、ショートディスタンスにこだわることなくあらゆる可能性にチャレンジしたい、といった意向を示してたのはこういったバックボーンがあってこそのこと。
今年8月のパリ五輪テストイベントを挟むかたちで、アイアンマン70.3世界選手権を含むミドルレース2大会に出場(いずれも優勝)。1カ月で3レース出場にチャレンジしたのも、彼女の内なる声に素直に従ったまでのことだろう。
昨年10月に初挑戦となったアイアンマン70.3世界選手権(アメリカ・セントジョージ)を圧勝、翌年(8月/フィンランド・ラハティ)も完璧なレース運びで連覇している
その一方で、連覇したアイアンマン70.3世界選手権のレースでは、ダニエラ・リフやルーシー・チャールズ – バークレー、さらにはローラ・フィリップ、カット・マシューズに完勝。いうまでもなく彼女らは、今回ハワイの優勝候補たちであるわけだ。
今回、距離が(70.3レースと)倍になるアイアンマンではあるものの、スイム、そしてバイク序盤でレースのイニシアチブを握るであろうテイラー・ニブのパフォーマンスが、10月14日本番の結果に大きな影響を与えることになるのは間違いない。
〜テイラー・ニブの決戦バイク〜
【トレック/Speed Concept SLR 9】
トレック・トライアスロンバイクのフラッグシップモデル。コンポーネンツにスラム・レッド、ホイールにボントレガーのディープリムとなど、彼女の装備は極めてベーシックなイメージだ。
8月の70.3世界選手権までは写真上の PROJECT ONE スペシャルカラー・モデル。そして今回のハワイでは彼女が契約するリドル・トレックのチームバイクカラーである、ファイアレッドを基調としたバイク(下)が投入されている。
ハワイのレースのあと、彼女はこのモデルを携えてプロサイクリングチームのトレーニングキャンプに向かうのだろう。
ちなみにこの Speed Concept のプロトタイプがお披露目されたのは2021シーズン。リドル・トレック(当時のチーム名は、トレック・セガフレード)がツール・ド・フランスのタイムトライアルなどで使用し、開発が進められてきた(写真下)。
そういった背景を見ると、今後、テイラー・ニブのプロサイクリングチームでの活躍にも期待が集まるところだ。
近い将来、彼女の姿を ツール・ド・フランス ファム(写真下) など世界トップのサイクルロードレースの舞台でも見ることがあるのかもしれない。