【アスリート コラム】セバスチャン・キーンレ / 迎えた最後のシーズン。向かうファイナルレース

コラム

今年6月にドイツで行われたチャレンジ・ロートのフィニッシュ(14位)後、2位に入ったパトリック・ランゲ(右)とレース応援に来ていたヤーン・フロデーノ(右)に讃えられるキーンレ。歴代アイアンマン・ハワイ覇者の豪華スリーショット

【 2年前のアナウンス】
2023年シーズンを最後に引退するーー。
セバスチャン・キーンレが自身のトライアスロンキャリアに終止符を打つことを発表したのは2021年の11月。ちょうど今から2年前、コロナ禍からようやく世の中の動きが本格化しようというタイミングだった。
当時はアキレス腱に不安を抱えるなど長らく満身創痍の状態が続き、同年9月に出場したチャレンジ・ロート(ドイツ)で途中棄権したころから引退のプランを考えることになったようだ。

公表時に決めていた(2年間の)スケジュールは、2022年を再び最高のリザルトを残す集大成のシーズンとして。そして今年をお別れのワールドツアーと位置づけ、これまで出場したことのないレースを中心に出場し、競技人生を締めくくるというものだった。

最高のリザルトとはもちろんアイアンマン世界選手権を一番のターゲットにしたもの。
2022年はアメリカ・ユタ州セントジョージとハワイ島カイルア・コナの2レースが行われる特異なシーズンだったが、セントジョージ大会 では14位と思うようなパフォーマンスを発揮できていなかった。
それだけに10月のハワイでは歴代のレース覇者として、そして最後のワールドチャンピオンシップ参戦としても注目が集まっていた。

【ラスト・ハワイとなった2022年】
そのレース前に意気込みを聞くと、「最後のコナでプロアスリートとしてここにいることは本当にスペシャルな気持ちです。感傷的にもなるけど、本番ではレースを楽しむこと、そして脇目も振らず前に進むべく集中することを心がけたいね。でも時折、応援に来ている家族を探すのにキョロキョロまわりを見渡すことはあると思うけど」と冗談を交えて答えてくれた。

“セビィ” の愛称で皆に親しまれるキーンレの受け答えは、いつもユーモアに溢れている。
記者会見でもショートインタビューでも、常に質問者と正面に向き合い素直な自身の考えを伝え、ときに洒落た笑いも織り込んで場を和ます雰囲気を作り出してくれる。

2014年アイアンマン・ハワイ優勝、2016年同2位のほか2013年・19年の3位。アイアンマン70.3世界選手権2勝(2012・2013年)など長年に渡りトップを走り続けてきたキーンレ。
12歳で初めてレースに参加し、四半世紀以上この競技に向き合ってきた姿勢、そして積み重ねてきた功績は当然のことながら多くの人にリスペクトされ、とりわけ大会会場ではその存在が際立つアスリートだといえる。

そんな彼の、レースでの姿は今年が最後となるわけだ。

【変わらぬ攻めの姿勢】
2022年ハワイ出場のあとから今シーズンは、当初のプランどおり南半球や中東のこれまで出場したことのないレース、そして思い出深い地元の51.5km大会などにエントリー。
さらには、彼が最も重要視しているレースのひとつ、チャレンジ・ロート(写真上)にも出場している。

このレースでのライバルはマグナス・ディトレフやサム・レイドローなど、急上昇中の勢いある若手選手たち。
キーンレは、まだ自分は彼らとの争いに加われる手応えがあり、それを証明するためにもロートの大会に出ることは大きな意味があったという。
トッププロとしての本能が掻き立てられる感情は、キャリアの最後まで変わらないのだろう。

そんな彼の姿勢を表す取材録として、コロナ前の2019年アイアンマン・フランクフルトでのレース前記者会見が挙げられる(写真上)。
母国ドイツで行われる最大級のロングディスタンス大会のひとつに、3強ドイツ人アスリートが顔を合わせるということで大きな盛り上がりを見せていた日のことだった。

その場でキーンレに、このレースで勝つために重要視していることを直接聞くと、数多くのポイント、そして細かい準備までをも真摯に教えてくれた。
「やはりバイクパートが重要になるだろうね。ポジションは毎年、シーズンに入る前に風洞実験を取り入れ徹底的に見直しているんだ。今年は新たなDHエクステンションを使ってさらなる空気抵抗値の軽減に成功している。一方でタイヤは快適性重視の方向でチョイスしていて、ほかにも新たなテクノロジーをいろいろ試しているのでブラッシュアップしていくよ」

彼のコメントには「改善」と「進化」、そして「準備」といったワードが随所に含まれていた。そういった取り組みの継続がここまでの結果をもたらしてきた要因になっているのは間違いない。

2023シーズン後半、徐々に自身の競技に対する感情をクーリングダウンさせていくために、選んだ8月のレースが北欧ノルウェーで行われる『Norseman(ノースマン)』だった。
フィヨルドを舞台としたスイムコースは水温が14℃で、海上のフェリーから飛び込んでスタート。180kmのバイクは厳しい山岳コース、ラン後半は『ゾンビ・ヒル』と名付けられた17kmを上り続けるアドベンチャー的要素が満載の大会。総獲得標高は5,200mを超え、途中のエイドはないのでサポートカーをつけての参加となる。

そこで彼は、ロングディスタンス・キャリアの終焉を迎えるつもりだったが、フィニッシュ後すぐに別の想いがふつふつと湧き出してきたという。
「もっとレースに向けての準備を楽しみたい」「今できる100%の用意をして最後のレースに臨みたい」という感情だった。
やはりアスリートとしての本能には抗えないということなのだろうかーー。

【2022年ハワイでのふたつの感情】
昨年10月のアイアンマン・ハワイ。
自身のキャリア最高のタイムをマークして6位でフィニッシュしたあとのキーンレは、涙を抑えることができなかった。やりきったという感情か、それとも最後のハワイとなる寂しさか。
その後、彼は観客とハイタッチを交わしながら花道の舞台をゆっくりと引き返していった。
まるでカーテンコールに応えるかのように。

そのときの心境を聞いてみた。
「自分の人生を変えてくれたこの島にサヨナラを伝えていたんだ。アイアンマン・ハワイでは本当に最後となるレース。観客の拍手が自分のパフォーマンスへの祝福に感じられ、それに応えながら」

フィニッシュ後、ハワイ8勝のポーラ・ニュービー – フレーザーに肩を抱かれて讃えられるキーンレ(左)

そのフィニッシュ3時間後に催された入賞記者会見。
キーンレは如実には態度に出さなかったものの、明らかに機嫌が良くなかった。
それはレースの余韻を家族と分かち合う時間を削られたこともあったのかもしれないが、一番は、本来ならば自分が出るべき会見ではないと考えていたからだ。(当初の予定では5位まで列席することになっていた)

彼へのリスペクトを抑えられない主催者がとった粋な計らいだったのだが、レース前の記者会見で「(5位以内に入って)大会後は再びこの場にいられるよう結果を出したいですね」(写真右上)と言っていたキーンレにとって、本意ではなかったのだろう。競技者としてのプライドがそうさせていたのかもしれない。

自身のサヨナラツアーと位置づけ各国を行脚したキーンレの2023シーズン。気持ちは徐々にクーリングダウンさせていたはずだったのだが

【向かえるラストダンス】
2023年にスタートさせた自身最後のシーズン・ツアーでは、そんなトッププロとしての感情の変化も感じ取っていた。
外部に左右されることなく、プレッシャーは自分自身だけの問題としてマネジメントできる環境になっていったこと。さらには出場したレースが終わったあと、「来年(同じレースで)どのようにしたら勝てるのか」と考える必要がなくなりホッとするときもあったようだ。

しかしながら、レースへと掻き立てられる自身の本能だけは、8月のノースマンが終わったあともまだ抑え切れていない。

そんな彼がキャリアの最後に選んだ場所はカリブ海に浮かぶメキシコの島。11月19日に行われるアイアンマン・コスメルだった。
キーンレはこの大会をアイアンマン・ハワイの弟、あるいは妹のようなレースだと考えている。気候やとりまく環境、地元の人柄なども含めてコンディションが非常に似ているのだという。
ハワイ島のような吸引力を感じ、自然と想いがコスメルへと導かれたのだろうか。
そんな特別な感情を抱き、再び彼はフィニッシュラインを目指す。

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