歴史の継承。【IMニース世界選手権2023・レビュー】

IM 世界選手権

『You are the champion』。2位でフィニッシュする直前で、待ち受ける勝者サム・レイドローを指差すパトリック・ランゲ。何を伝えていたのかは定かではないが、そう言っていたに違いない

【アイアンマン世界選手権ニース・レビュー】
『歴史が変わりました』
サム・レイドローがフィニッシュラインにトップで帰ってきた直後、会場でアナウンスされたことばだった。
フランス人初のアイアンマン世界チャンピオン誕生の意味合いもあるのだろうが、真意はやはり、ワールドチャンピオンシップがニースの地で成立したという瞬間を指したものである。(※写真&マップをタップするとフルサイズで見られます)

ハワイからニースへ。
今年の男子アイアンマン世界選手権の舞台が変わり、そのお披露目となった大会の評価はいかほどのものだったのか。

スイムは海岸線を背にしてのフローティングスタート。バイクは獲得標高2,400mのマウンテンコース。そしてランはフラットではあるものの街部、さらには美しい海岸線を望みながら4往復する組み合わせで、ハワイで行われる世界選手権のコースとは全くといていいほど別物の大会である。

フィニッシュ後、優勝したサム・レイドロー(右)を称えるパトリック・ランゲ。新旧アイアンマン世界チャンピオンの抱擁はアイアンマンが次のステージに進んだことを感じさせる

その記念すべき新たな歴史の始まりを、これまでのハワイと比較するときに重要となるコース概要もチェックしながら、コート・ダジュール(フランス語で青い海岸線という意)の地で主役となったアスリートたちのレースハイライト&コメントを交えてレビューしていく。

<スイムコース>
紺碧の地中海を舞台に展開するスイム。アイアンマン・ハワイの伝統を受け継いでフローティング式を採用したこと、そして中間地点を目指し陸方面に折り返したあと、浜辺には上がらず再び沖へとターンする2往復のレイアウトが特徴だ。
レース当日は水温が高くノーウェットスーツで行われた。

〜 ギャラリーがクレイジーなパワーを与えてくれた 〜
【総合優勝/サム・レイドロー(フランス)】

私たちはやった!!!(レイドローを支えるチームのこと)
フィニッシュした瞬間にそう叫び、その後MCに(英語で)感想を聞かれたあと、選ぶ言葉がうまく出てこずに「こめんなさい」と前置き。そしてフランス語でまくし立てるように感情を爆発させたレイドロー。

初めてアメリカを離れ、フランス・ニースで開催されたアイアンマン世界選手権。その母国で勝利をつかみ取った気持ちは格別なものがあっただろう。しかも、昨年のアイアンマン・ハワイ(2位)ではあと一歩届かなかったタイトルなのだから。

その昨年ハワイでまわりに与えた衝撃は、やはりバイクレコードの大幅な更新だろう。
さらには今回初開催となるニース世界選手権のバイクラップも1位(4時間31分28秒)。つまり、あまりに対照的といえるハワイとニースのバイクコース・ベスト記録保持者になったわけである。
これを成し得るほかのトライアスリートは今後出てくるのだろうか。

一方でレイドローのパフォーマンスを語るとき、多くはバイクにフォーカスされがちだが、今回はスイム47分50秒、ランで2時間41分46秒をマーク。
このレースで引退するヤーン・フロデーノに替わり、ロング・トライアスリートの新たな完成形をレイドローがつくり始めているのかもしれない。

「(アイアンマン世界選手権優勝を)生涯夢見てきていましたが、いまだに全く信じられません」とフィニッシュ後のレイドロー。
ランニングのとき驚くほどのアドレナリンを感じたと言い、それを「応援してくれたギャラリーがこのクレイジーなパワーを与えてくれた。本当に感謝しています」と振り返る。ランはたった35kmしか走っていないようにさえ感じたとも。

今後は、“完成形” と併せて、ライオネル・サンダース(カナダ)の形容である “NO LIMIT” も引き継ぐチャンピオンに進化するのかもしれない。

<バイクコース>
毎年6月に行われているアイアンマン・フランスとほぼ同じで、中間地点まわりのレイアウトを一部変更したくらい。それはすなわち、非常に難易度の高いコースになるということである。
獲得標高は実に2,400mで最高到達地点は1,200m。遠く北にアルプス山脈が広がるこの地域では、毎年3月に世界トップランクのサイクルロードレース『パリ〜ニース』が行われており(エリアはアイアンマンよりも東寄り)、それと同等の難易度、マウンテンコースとなる。

〜 とても誇りに思えるレースだった 〜
【総合3位/マグナス・ディトレフ(デンマーク)】
昨年ハワイで行われたアイアンマン世界選手権で初出場ながら8位入賞を果たし、ドイツのチャレンジ・ロートは連覇。その上、今年のロートでは7時間24分40秒をマークし、優勝候補のひとりであったディトレフ。
午前6時50分の号砲のあと課題のスイムで、最初のターン・ブイをまわった時点では先頭と5秒遅れの追走グループにいたものの、その後徐々に遅れてのバイクスタートだった。

彼のストロング・ポイントであるバイクでは、高身長なので(つまり体重がある)厳しい上りが待ち構えるニースのコースに苦戦するのではという戦前の予想があった。
しかし、ディトレフはタフな上りで下馬評をはるかに上回る登坂力を見せて追い上げ、途中から前を行くトップのサム・レイドローに5分遅れの、ふたりで成す2位集団まで追い上げて上位を射程に収めていた。

ランパートに入って30℃近くまで気温が上がる厳しいコンディションもあってか、「これまでのトライアスロン人生で最もハードな一日のひとつでした」と振り返るディトレフ。
しかしバイクで激しく脚を疲消耗したあとも、粘りのランニングでつかんだ3位に、「とても誇りに思っています。タフな一日でしたがレース中、ずっと前を目指して攻め続けられたことに本当に満足しています」

現在、PTO世界ランキング2位。ミドルディスタンスからロングまで、昨年から飛躍的にステップアップした能力を披露し続けている彼は、優勝した同世代のレイドローの走りを間近に見て、刺激を受けるとともに、世界チャンピオンを勝ち取るために足りないものを感じているはず。
来年は一気にシーズンの主役に躍り出ても何ら不思議はないだろう。

<ランコース>
地中海を臨む海岸沿いの目抜き通りを走るハイライト区間(『イギリス人の遊歩道』という不思議な道名なのだが)。
フラットな直線基調で、片道5km超の4往復コース。選手が走るころには日差しが強く照りつけ、単調なレイアウトと相まって厳しいバイクを終えたダメージをさらに増幅させる。街部は沿道の応援が多いのでパワーをもらえるだろう。

〜 それが私たちのスポーツの本質だと思う 〜
【総合2位/パトリック・ランゲ(ドイツ)】

ランタイムは2時間30分を切りたい(今年のチャレンジロートでは2時間30分27秒で走破)とレース前に話していたランゲ。
一方で20代の若手たちが台頭し、戦いのクオリティーがどんどんと上がる中、ランゲのレーススタイルは通用しにくくなってきているのかも知れない。

スイムは上位から1分15秒差の12位で上陸。バイク前半のハードな区間では一時後退するも、後半徐々に盛り返し7位に。

決して派手さはなくても辛抱強くレースを進められるのは、やはり自分の武器を信じられるからである。ランパートに入ると、ひとり次元の違う走りのスピードでプッシュし続け、5人抜いての2位獲得となった。
今回、彼がマークしたランタイムは2時間32分41秒。もちろんラップ1位だ。

しかし、「今日、彼(レイドロー)を捕まえるには奇跡が必要だったでしょう」と素直に勝者を称えるランゲ。その上で、「スイムが良くなく、バイクも厳しかったですが、今日は自分の持っているすべてを実行できました。トップには到達できませんでしたが、最後まで可能性を捨てずに走れたことに本当に満足しています。それが私たちのスポーツの本質だと思うのです」

自身がフィニッシュする直前に、ライン越しに待ち受けるレイドローを指差すジェスチャーで敬意を表す。彼が誇る “競技の本質” を知る者を称えるランゲなりの流儀なのだろう。

〜 すべての人にありがとうと言いたい 〜
【総合位/ヤーン・フロデーノ(ドイツ)】

フィニッシュ地点のプレスエリアでは、普通だとトップ8くらいまでが過ぎると徐々にカメラマンが減っていくのだが、今回は多くがその場を去ろうとしない。
ヤーン・フロデーノの帰りを待っているからだ。

始めのスイムではトップ集団の一角を担い、彼のレースパターンがスタートしたように思えたが、バイク序盤から徐々に後退。引退レースとして注目を集めていたフロデーノだが、もうヤングライオンたちと戦うエネルギーは残っていなかった。

それでも彼はレースをやめない。
ランでは途中から20位を超える、本人には受け入れがたいポジションまで順位を落としたが、観客に後押しされるように前へ前へと足を運ぶ。自身最後のレース姿、“フロデーノの走り” を披露するために。

そして24位で戻ってきた彼のフィニッシュはまるで映画のワンシーン。
ゴールラインで振り返り、声援に応えながら花道を引き返す後ろ姿に、これまで成し得てきた幾多の偉業のエンドロールが重なって見えるようだった。

ファミリーに迎えられたフロデーノは勝負師からパパの顔に戻っていた。エマ・スノーシル(同じ北京五輪の金メダリスト)たちに囲まれて、しばらくはバカンスを楽しむのだろうか

「この地に応援に来てくれた人すべてにありがとうと言いたい。そして新たな優勝者におめでとうと言いたいです」
大いなる達成感、競技人生の回顧などいろいろな感情が入り混じっていたであろうフィニッシュで発したコメントも彼ならではだ。
ちなみにフロデーノは、トップのレイドローが残り1マイル弱の地点に差し掛かったとき、往復コースですれ違いざまにハイタッチを交わしている。自身のアイアンマンへの想いを、次世代に託す意味もあったのだろうか。
レースの主役にはなれなかったが、見る者すべてを惹きつけた引退の舞台は終焉した。

アイアンマン・ハワイ3勝、さらには2勝の、それぞれ歴史を刻んできた者たちが新しいチャンピオンを称える。
そして新たな世界選手権の開催地の誕生。
9月のニースでアイアンマンの歴史が大きく動いた瞬間であった。

<総合リザルト>
1位 Sam Laidlow (FRA)  8:06:22
2位 Patrick Lange (GER) 8:10:17
3位 Magnus Ditlev (DEN) 8:11:43
4位 Rudy von Berg (USA) 8:12:57
5位 Leon Chevalier (FRA) 8:15:07
6位 Arthur Horseau (FRA) 8:18:36
7位 Bradley Weiss (RSA) 8:20:54
8位 Gregory Barnaby (ITA) 8:21:15
9位 Robert Wilkowiecki (POL) 8:21:23
10位 Clement Mignon (FRA) 8:24:10

>> アイアンマン世界選手権ニース の特集ページ

 《 TRIATHLON LFE

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