『完全レース』再び! テイラー・ニブがアイアンマン70.3世界選手権を連覇 / プロ女子レース分析

IRONMAN

アイアンマン70.3世界選手権がフィンランドのラハティで開催。8月26日、27日の2日間レースに115カ国から6,400人を超えるアスリートが集まった。
26日(土)に行われた女子レースは、午前8時のプロカテゴリーからスタート。霧が発する気候コンディションにより予定より30分遅れての開幕となったが、プロ女子はさらなるエリートアスリート新時代の到来を予感させる、象徴的なレースとなった。(※写真をタップするとフルサイズで見られます)

アイアンマンでは珍しくスイムスタートはエリート選手たちがポンツーンから飛び込むスタイル。迫力あるオープニングだった

このレースの主役を演じたのはテイラー・ニブ。昨年10月に、アメリカ・ユタ州セントジョージで行われた70.3世界選手権大会 に続き2連覇を達成したライジング・アメリカンだ。

フィンランドでの彼女の圧倒的パフォーマンスは、同じ舞台で戦ったライバルたちにはどう映ったのだろうか。
というのも、今回出場者の多くが現在はミドル〜ロングを主戦場にしているアスリート。70.3世界選手権通算5勝、そしてアイアンマン世界選手権(フルディスタンス)も5勝を挙げているダニエラ・リフ(スイス)や昨年のアイアンマン世界選手権(セントジョージ)2位でアイアンマン70.3では通算3勝を挙げているカット・マシューズ(イギリス)など、今回レースの中心となって何らおかしくない名前が多々ラインアップされていた。

そんな中、このミドルディスタンス最高峰のレースをテイラー・ニブ(写真上)は、3種目にわたり完全に支配したわけである。

スイムをトップから僅差の2位で終えると、バイクで早々にトップに立つ。その後、先述のダニエラ・リフ(写真下)やマシューズ、昨年の70.3世界選手権2位のポーラ・フィンドリー(カナダ)や同3位のエマ・パラント-ブラウン(イギリス)などの有力選手が形成するパック(3位集団)を、ニブは距離を追うごとに確実に引き離していったのだ。

スイム終了時にトップからの遅れを1分20秒にとどめ、バイクでは追走パック(3位集団)の中で勝機をうかがう姿勢を見せてたが、らしくない精彩を欠くランパートで9位に後退したダニエラ・リフ

具体的にはバイクスタート時は1分30秒差だったのが30km地点で3分に。最終的に90.1kmのバイクフィニッシュ時にはこの追走パックとの差が5分30秒にも広がっていた。

上位を伺うトップ選手たちが、お互い一定の(ルール内での)距離を保ちつつ一直線に隊列を組むようにパックを形成し、レースを進める光景はよくあること。ノンドラフティングのレースではあるものの、一定ペースを刻みやすいなど少なからずアドバンテージが生じやすくなる中、テイラー・ニブは単独走でライバルたちの追撃をねじ伏せてみせたのであった。

そしてランに入るとリードをしっかりと保ちながら、パワフルなフォームとスピードで押し切り、トップでフィニッシュテープを切っている。

『完全なレース(Crushing Race)』。レース解説をしていたグレッグ・ウェルチから出てきた賞賛のことばは、奇しくも昨年10月の70.3世界選手権のときに形容されたのと同じだった。
3時間53分02秒のフィニッシュタイムはアイアンマン70.3の新記録でもあり、付け入る隙のまったくない、まさに “完全勝利” だったと表現できよう。

バイクコース、ランコースとも高低差のあるタフなレイアウト区間を有するラハティ大会

この、まだアイアンマン70.3レース・キャリア6戦目(もちろんロングの経験なし)のオリンピアンに、まわりの期待はさらに高まっている。
8月は、5日に出場したPTO・USオープン(S2km/B80km/R18km)圧勝のあと、パリ五輪テストイベント(17日)で来年のオリンピック・アメリカ代表の座を獲得し、そして仕上げにフィンランドでの “完全レース”。大きな可能性、そして秀でたタレント性をテイラー・ニブはこの1ケ月で余すことなく披露したことになる。

ランで粘り強い追い上げを見せて2位を獲得したカット・マシューズ。次のターゲットはアイアンマン・ハワイとのこと。昨年トレーニング中の大事故からの復帰 を完全に果たしたパフォーマンスといえる

「オリンピック出場を決め、ミドルディスタンス最高峰の称号も得ました。来年はどのようなシーズンしますか?」という質問が早くもレース後に飛ぶ。気の早いジャーナリストたちは皆、オリンピック後の彼女の動向に注目しているが、ニブはいたって自然体でいるようだ。
「まだ分からないですね。今シーズンのアプローチ(ショート、ミドルなど出場レースの幅を広げる)に疑問を投げかける人もいましたが、私にとってこの間の1ケ月は本当にエキサイティングだった。狙ったレースそれぞれで素晴らしいパフォーマンスを発揮でき、満足すぎる経験を経て今私はここにいます。これからが楽しみですね」(ニブ)と、あらゆる選択肢を排除せず、可能性に挑戦するともとれる姿勢を示している。

バイクスタート時から終始単独2位で走行していたイモージン・シモンズ(スイス)。1週間前にシンガポールで行われた PTOアジアン・オープン(4位)からの連戦となた

オリンピアンとして経験、実績を経て、その後競技フィールドを広げていき、ミドルディスタンスやアイアンマンなどで活躍しているトップ選手は多い。
その象徴なのがドイツのヤーン・フロデーノ(北京五輪金などを獲得)だろうか。女子ではダニエラ・リフが2008年北京8位、2010年のITUワールドチャンピオンシップシリーズ・チャンピオンに輝き、アンネ・ハウク(ドイツ)も2012年ロンドン、16年リオ五輪出場のオリンピアンである。
この世代に共通していることは、個人差はあるもののショートからミドル、そしてロングディスタンスレースでトップの成績を残し続けていくのに、ある程度の期間を要するケースが多いということだ。

これは、一般的に考えれば至極当たり前のことなのだろう。ただその一方で、男子ではノルウェーのクリスティアン・ブルンメンフェルトが2021年の東京五輪を制し、1年経たぬ間(2022年5月)にアイアンマン世界選手権(アメリカ・ユタ州セントジョージ)で優勝。同年にアイアンマン70.3世界選手権(セントジョージ)のタイトルも獲得するという快挙を成し遂げる時代が到来している。

そして今回のテイラー・ニブのマルチな活躍、快挙達成を目撃したトライアスロン界は、また新たなトップアスリート像の誕生を予感せざるを得なくなっているのはないか。
8月27日にスタートするプロ男子のレース結果が、その予感を確信に変えることになるかもしれない。

優勝のニブを囲むマシューズ(2位/左)とシモンズ(3位/右)。ロングディスタンスでニブの姿を見られる日がくるのもそう遠くないかもしれない

そして、日本からプロとして唯一参加した上田藍選手は全体の33位に。スイムをトップから2分50秒差でアップした際、「彼女の追い上げに注目しよう!」とライブ中継のアナウンスも盛り上がった。今レースの経験がロングディスタンスでのさらなる飛躍につながることを皆で期待しよう。

<プロ女子・上位結果>
1位 Taylor Knibb (USA)  3:53:02
2位 Kat Matthews (GBR) 3:57:05
3位 Imogen Simmonds (SUI) 3:57:56
4位 Emma Pallant-Browne (GBR) 3:58:35
5位 Paula Findlay (CAN)  4:00:32
6位 Laura Philipp (GER) 4:02:27
33位 AI UEDA (JPN)  4:25:17

>> アイアンマン70.3世界選手権・プロ男子リポート

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