「トライアスロンのために基本デザインされたバイク。ワールドチャンピオンシップを前に非常に興奮しているよ」。そうレース前にコメントしていたクリスティアン・ブルンメンフェルト。
5月7日にアメリカ・ユタ州セントジョージで行われたアイアンマン世界選手権に登場したバイクの中で、最も注目を集め、そして異彩を放っていたのが、彼がこのレースのために用意した CADEX・トライアスロンバイク(本人の呼称)だろう。
CADEX(カデックス)は世界最大規模の自転車メーカーであるジャイアントが、実戦でのテストを経てリリースしたプレミアム・パーツブランド。独立したプロダクトメーカーとして誕生以来、カーボンスポークを用いた軽量ホイールや、専用設計のサドルなど、技術の粋を結集させたプロダクトを数多く排出してきている。
世界で最初に公式発表されたのが2019年7月、その年のツール・ド・フランスの開幕を迎えたベルギー・ブリュッセルだった(写真下)。
そのカデックスが、ブルンメンフェルトのためにトライアスロンバイクを設計&製作したわけで、まずはそのことに驚きを覚えた関係者も多いだろう。もちろんプロトタイプ(以下、ブルンメンフェルト・モデルと呼ぶ)ではあるが、今後のメーカー展開も気になるところである。
アイアンマン世界選手権のレース前日。トランジションにセットされたバイクの中でも秀でた存在感を放っていたブルンメンフェルト・モデル。トップチューブが存在しないなど、とにかく “異型トライアスロンバイク” としても突出したデザイン性は、現地にいたすべてのメディアの目を釘付けにしていたといってもいい。
「セントジョージのバイクコースは起伏がある上に風が非常に強い。そんな中、エアロポジションで走り続けるのは多大なエネルギーが必要だし、下りでもスピードを落とさないことが重要になる」と決戦レースを見立てていたブルンメンフェルト。
そんな彼のリクエストもフレーム設計に取り入れられていたのかもしれない。今オフのトレーニングでは昨年同様、ジャイアントの TRINITY ADVANCED PRO(写真下)を利用していたことから、明らかに5月のアイアンマン世界選手権にあわせて用意されたスペシャルモデルといえるからだ。
その狙ったレースで圧倒的な勝利を挙げたブルンメンフェルト。さらに、今後の彼の2022シーズンには大きなターゲットがふたつある。
ひとつは6月5日にドイツ・ドレスデンで行われる フェニックスSUB7 & SUB8 プロジェクト で、アイアンマン・ディスタンスで男子では7時間切りを目指すという型破りなイベント。このレースのバイクは、フラットで風の影響を受けにくいオーバル・サーキットコースを走る。
そしてもうひとつのターゲットは、もちろん10月のハワイだ。
以上を鑑みると、このブルンメンフェルト・モデルの独創的な形状は、アップダウン、フラット、そしてスーパーウィンディといった、あらゆるコンディション下での対応走行を考慮し、アウトプットされたデザインと考えられる。
実際、セントジョージでの彼の走りを見てみると、チェイスパック走行内での安定性&省エネを意識したDHポジションや、通常あるべきトップチューブのスペースを生かし、両足を折りたたんだコンパクトなダウンヒルポジション。さらには、上りではボトムブラケット(BB)を支点に、極太ダウンチューブとシートチューブとの左右のしなりを生かしたような積極的なダンシングなど、そのフレーム形状性能を存分に引き出した走りが印象的だった。
このブルンメンフェルト・モデルの、メインフレーム以外の大きな注目点を挙げるとすれば3つあるだろう。
まずひとつ目は、平行に2本伸びたシート&チェーンステーの形状だ。
シートステーの役割を果たすリアフレームは、シートチューブのBB付近から後ろに向かって水平に伸びたのち、リアエンドへ向けて折れ曲がるようなデザイン。これにより強度を確保しつつ整流性を高める狙いがあるのだろう。
2点目に挙げられるのがボリューミーなフロントフォーク&ヘッドまわり。
エアロ効果に大きな影響を与えるとされるフロントまわりは、フォークにブレード形状のストレートタイプを幅広にセット。前からの空気の通りを勘案したデザインと考えられ、その間にジャイアントのハイドレーションシステムが取り付けられている。
そして最後が、ダウンチューブ内に備えられたフューエル・ストレージだ。
従来モデルだとトップチューブまわり、あるいはチューブ内にストレージ機能を有するトライアスロンバイクが多い中、ブルンメンフェルト・モデルはボリューミーなダウンチューブ内に同様の機能が備えられている。
これまでのトライアスロンバイクの歴史を紐解くと、トップチューブを廃した革新的なモデルや、トライアングル形状にとらわれない先鋭的デザインのバイクなどが数多く登場していて、注目を浴び続けてきた。
また、アイアンマン世界選手権の男子でのウィニングバイクに輝いた、エポックメイキングなトライアスロンモデルを遡ると94年、グレッグ・ウェルチの代名詞といえる “ソフトライド” が自ずとフィーチャーされるだろう(写真は1992年時のもの)。今回のブルンメンフェルト・モデルとは形状やコンセプトはまったく違うものの、こういった独創的なデザインや、意欲的なエキップメントが生まれ、往々にして自転車界に大きなトレンドを生み出す土壌をもつのもトライアスロンの魅力のひとつといえる。
今回、新たなバイクを投入したブルンメンフェルトが、2022年のロングディスタンスのトライアスロン・シーンを席巻する可能性は極めて高いといえるだろう。
さらには、このブルンメンフェルト・モデルのエッセンスが、今後のトライアスロンバイクの潮流にさらなる一石を投じるものとなるかにも注目してみたい。
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