注目高まる10月のアイアンマン世界選手権 / ツール・ド・フランス ファム(女子レース)が示すイベント価値観の多様化

IRONMAN

先月末に終了したツール・ド・フランス ファム(ファムはフランス語で女性の意)のメディア・データが発表された。
フランス中部に位置するクレモンフェランから1週間続いた全8ステージの、フランス国内でのTV放送視聴率は平均で24.8%。最高は34.8%で430万人のライブ視聴が記録されたという。(日本でも昨年に引き続きJスポーツで全ステージライブ中継された)

最終日となる7月30日の第8ステージ・個人タイムトライアルで優勝したのはスイスのマーレン・ローセル(写真上)。ヨーロッパTTチャンピオンでもある彼女は、SWISS SIDE のアタッチメントなどを投入したスペシャライズド/S-WORKS SHIV TT を駆り他を寄せ付けない走りを披露し、22.6kmのコースを時速46.359kmの平均速度で駆け抜けた。(※写真をタップするとフルサイズで見られます)

個人総合優勝にはオランダのデミ・フォレリングが輝き、マイヨジョーヌを獲得。ちなみにふたりは同じオランダのチーム・SDワークスに所属し、さらには総合1〜3位まで同チームの選手が占めるなど話題の尽きないツールでもあった。

“ツール・ド・フランス ファム” として2回目の開催となった今回のレースの注目度はますます高まり、沿道の応援、話題性など前回のツールと比較してすべての面でグレードアップ。その最大の要因は参加者のレベルアップ、そしてレースの魅力を存分に活かしたオーガナイズドだろう。

要は見ていて面白いのだ。昨年同様、3週間のツール・ド・フランス男子レースのあと、1週間行われた女子のレースは、来年以降 “ファムのツール” としてさらに発展していくことは間違いない。

こういった女子スポーツの注目度は、世界的に高まっている。
たとえば女子サッカー。こちらも欧州発信で人気が急上昇している。象徴的なのは2022年4月に行われた女子欧州チャンピオンズリーグの準決勝で、FCバルセロナ(スペイン)がホームにドイツのウォルフスブルクを迎えた試合に9万1,000人の観客が集まったという。
これは女子サッカー観客動員数の世界記録更新とともに、男子を含む22年の欧州サッカー界1位の記録となっている。

また米国では女子サッカープロリーグの22年の平均観客数が前年から42%増え、100万人を超えているという。
現在、オーストラリアとニュージーランド共催でワールカップ女子サッカーが開催されているが、日本でも注目度は高く、こういった世界傾向にも拍車をかけることだろう。

世界的なジェンダー平等の流れを受けてスポーツファンの価値観も多様化している中、女子スポーツを見ると先述のサイクルロードレースやサッカーなど、注目を集める競技が増えているというのが現在の潮流。
そのムーブメントにTV、動画配信などのメディアもついてきている状況といえる。

ツール・ド・フランス ファムでは選手たちのパフォーマンスはもちろんのこと、このレースのために用意されたスペシャルなアイテム、デザインなどにも注目が集まった

スポーツ界におけるジェンダー平等は一昨年行われた東京五輪でも見ることができ、参加選手の女性比率は48%に上昇。2024年のパリでは男女同数になる見込みで、男女混合種目の採用も広がる傾向にある。
トライアスロンのミックスリレーはその代表格といえるだろう。

さて、そのトライアスロンの話に移ろう。
今年、ロングディスタンスでのトピックのひとつにアイアンマン世界選手権が男女別の会場、別日程で開催されることが挙げられる。9月のフランス・ニースで男子のレースを、10月のハワイで女子大会を行い、次年度以降2026年まで交互開催されることは周知のとおりだ。

今年9月、フランス・ニースで初めてアイアンマンの世界選手権が実施されることとなった

この決定が発表されたとき、当時のアイアンマン・コーポレーション(主催者)のCEO、アンドリュー・メシック氏は奇しくもこう指摘をしている。
「2022年にニュージーランドで開催されたラグビー女子ワールドカップではチケットが完売し、私たちは欧州女子サッカーでロンドンのウェンブリー・スタジアムが満員になるのを、ツール・ド・フランス ファムが世界の注目を集めてきたのを見てきている。女性のスポーツイベントは注目度をさらに高めており、2023年のハワイはプロ選手にとって素晴らしいものになるでしょう。ハワイで女子(プロ&エイジ)のアイアンマン世界選手権を行うのは非常に意義のあることだと考えています」

シリーズレースの拡大、コロナ禍によるイベントの中止などによりアイアンマン世界選手権の2日間実施が必須となり、昨年はハワイで2レースを開催。
今年は(ハワイでの)2日開催が不可能となり、今回のフォーマット(ニース&ハワイ開催)が決定されたという背景を鑑みると、このメシック氏の見立てにいささか後付け感を覚える人はいるかもしれない。

一方で、アイアンマンは2015年から女性のトライアスロン参加率向上を目的とした「Women For Tri プログラム」を導入し、実績を積み上げてきた。
そして2023年大会に向けては、世界で開催される17のアイアンマンを『Women For Tri イベント』に指定。それぞれの大会で世界選手権への女性スロット(出場枠)を増やすことを昨年発表し、実数としてはプロも含めトータルで1,000を超える枠がすでに追加で設定されている。

昨年の初めて2日開催となったハワイ。DAY-1では女子カテゴリーのレースを中心に実施された

と、ここまでハワイでのアイアンマン世界選手権の変革概要をまとめてきたが、これらは前述の女子サッカーやサイクルロードレースと根本的に異なる点がふたつある。
ひとつは、もともとは男女同じ会場で開催していた大会を女子レース、男子レースに分割して実施するということ。
そして、もうひとつは女子サッカーやサイクルロードレースで紹介した例はプロ選手が対象となっているのに対して、アイアンマンはプロ&エイジ(アマチュア)が一緒に出場する競技だという点だ。

男女別レース開催については、スポーツのジェンダー平等において見方が分かれるところかもしれない。
メシック氏のように「女子レースに特化する意義」にフォーカスすることもできるだろうし、「開催地によって男女レースを完全に分ける」という決定に意義を唱える人もいてしかりだろう。

いずれにせよ2日間&別開催地でのレースを前提としたとき、主催者(アイアンマン・グループ)は今回のフォーマットをベストとして選択し、2026年まで続けることになる。
これが覆ることはないだろうが、初めての試み、大きな変革を迎える年になるからこそ主催者は今後、まずはレース対象者(世界選手権出場者)やアイアンマンシリーズの参加者、さらには識者などの意見に真摯に耳を傾け、本番に向けて準備を進めていく必要があると考える。

男女別日程(ハワイで10月6日・8日)で開催された2022年のアイアンマン世界選手権のプロレースについては、女子の逆転劇によるドラマチックな展開、これまでのコースレコードを更新する男子のニューカマーたちの争いなど、それぞれカテゴリーでの魅力を存分に発揮していた。

そんな中、近年のロング女子トッププロのパフォーマンスにフォーカスすると、その進化の度合いに目を奪われる。
昨年、ローラ・フィリップ(ドイツ)がアイアンマン・ハンブルクで 8時間18分20秒のアイアンマン・レコードタイムを記録。ハワイでは世界選手権過去2番目のタイムでチェルシー・ソダーロ(アメリカ/写真下)がニューヒロインに輝いた。

そして今年、アイアンマン世界選手権5勝を挙げているダニエラ・リフが6月のチャレンジ・ロートで8時間08分21秒をマークして優勝。12年間破られていなかったクリッシー・ウェリントン(イギリス)のロング世界記録、8時間18分13秒(同じくロートでマーク)を大幅に更新している。
このロートでのリフのパフォーマンスはまさに異次元。バイクラッ4時間22分56秒、ラン2時間51分55秒とレースが進むにつれ加速度は増し、驚愕のタイムでありながらも、まだ走りが進化する可能性を十分に感じさせる内容だった。
一体10月のハワイではどんなパフォーマンスが見られるのだろうか。

少し視点を変えてみよう。
単純比較はできないものの、アイアンマン世界選手権(ハワイ)で見たとき、“レジェンド” マーク・アレンが5度目の優勝を遂げた(1993年)のタイムが8時間07分45秒で、当時は「8時間切りも視野に入った未到の記録」と評されていた。

一方で初期のハワイでは、女子の優勝タイムは『男子プラス1時間前後くらい』というのがスタンダードな見方であった時代。
そんな中、初めて9時間のタイムを切って優勝した女性アスリートが1992年のポーラ・ニュービー – フレイザー(8時間55分28秒/写真左下)で、この不滅の大記録といわれたタイムを更新したのが2009年のクリッシー・ウェリントン(写真右下)だった。

チェルシー・ソダーロを祝福するポーラ・ニュービー – フレイザー(右)。6月のチャレンジ・ロードでゲスト参加していたウェリントン。レース解説やメダルかけボランティアとしても活動していた(写真右)

リフはそのウェリントンのもつロングのパーソナルベストを10分も凌ぐパフォーマンスを有することとなり、現在、彼女のライバルたちはそれを上回るために準備を進めている状況ともいえる。
それら積み上げてきたパフォーマンスがぶつかり合う、最高峰の舞台のひとつが10月のハワイになるわるわけで、ますます進化した、アイアンマン史上かつてないレベルの争いが見られることは必至だ。

そんなレースが繰り広げられる “アイアンマン世界選手権 Women” は、同時に2,000人規模の女性が参加するアイアンマンとなる。こようなレースは過去に例がなく、そこでは新たな価値観が創出されることになるだろう。
繰り返しになるが、この点は ツール・ド・フランス ファム や女子サッカーの話と異なるわけで、アイアンマンならではの女子スポーツのイノベーションが生まれるかもしれない。
10月のハワイはそういった面でも注目を集めるレースとなる。

【ツール・ド・フランス ファム2023・第8ステージ(個人TT)ダイジェスト動画】

関連記事一覧

おすすめ記事

過去の記事ランキング

  1. 1

    国内大会からまたハワイへの道が開かれる日が!2023年日本でアイアンマン開催実現に期待しよう!

  2. 2

    ブルンメンフェルトの強さ&速さの秘密とは?【前篇】/宮塚英也のトライアスロン“EYE” 〜トライアスロン・トレーニングの鉄則〜

  3. 3

    最速TTバイク/五輪を制した “サーヴェロ・P5” を検証する

  4. 4

    トライアスリートのためのツール・ド・フランス特集2020 速攻TTバイクリポート

  5. 5

    フェルトの新型トライアスロンバイク 2022年の注目モデルをチェック

  6. 6

    クリスティアン・ブルンメンフェルト アイアンマン・7時間21分12秒の衝撃 / 世界記録を更新

  7. 7

    2023年のアイアンマン・ハワイも2日開催に。シリーズ全17大会で女性スロットを拡充

  8. 8

    アイアンマン70.3東三河ジャパン in 渥美半島 が6月10日(土)に開催!/ 世界選手権への道(フィンランド・ラハティ)も日本から!

  9. 9

    ブルンメンフェルトの強さ&速さの秘密とは?【後編】/宮塚英也のトライアスロン“EYE”  〜クリスティアンのトレーニグ改革〜

  10. 10

    2023年のアイアンマン70.3世界選手権はフィンランドで開催

おすすめ記事 過去の記事
  1. 沖縄キッズトライアスロン【動画リポート】

  2. 宮塚英也のトライアスロン“EYE”/ ますます高速化するアイアンマン。最速ライディングフォーム&走りを解析する

  3. ブルンメンフェルトの強さ&速さの秘密とは?【後編】/宮塚英也のトライアスロン“EYE”  〜クリスティアンのトレーニグ改革〜

  4. 【4K動画】アイアンマン70.3 東三河ジャパン in 渥美半島 <コース詳細リポート>

  5. アイアンマン70.3東三河ジャパン in 渥美半島 が6月10日(土)に開催!/ 世界選手権への道(フィンランド・ラハティ)も日本から!

  6. 【4K動画レポート】スワコ エイトピークス トライアスロン2022/注目ミドル大会のコースの魅力を徹底紹介

  7. IMセントジョージ特集 / 宮塚英也のトライアスロン“EYE” 『今週末のアイアンマン世界選手権の注目点はここだ』

  8. ヤーン・フロデーノが帰ってくる。ラストイヤーで完全復活なるか / 6月のドイツでロング・トップの豪華共演

  9. 【Harry’s Shots】全日本トライアスロン宮古島大会 〜アーカイブ〜

  10. 賞金総額 “4億円” のシリーズ戦。2022シーズンの新基軸に加わる注目の “PTOツアー”

  1. 躍進するシマノ。今年のツール・ド・フランスにも注目

  2. ツール・ド・フランス 2021に見る東京五輪を走るバイク③ 〜アレックス・イー編〜

  3. コリンズ・カップはトライアスロンの新たな歴史を刻んだか?

  4. 新しい地平を開くコリンズ・カップ。賞金総額1億6千万円のレースが開催

  5. ツール・ド・フランス2021に見る東京五輪を走るバイク① 〜バンサン・ルイ編〜

  6. 【動画】チーム&クラブ訪問/Team BRAVE 編(兵庫)

  7. トライアスリートのためのツール・ド・フランス特集2020 ブレーキシステムのトレンドを追う

  8. トライアスリートのためのツール・ド・フランス特集2020 エアロロードという選択肢

  9. 賞金総額1億3,500万円! PTOカナディアン・オープンがいよいよ開催

  10. ツール・ド・フランス2021特集 2年目の『バブル』を迎える世界最大の自転車レース

TOP